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2020年06月18日(木) 

 

 

>357739 マッカーサーが日本の直系家族を核家族に無理やり変更した  >山本紀克 ( 31 会社員 )  20/06/17 PM10 

>マッカーサーは、「軍国日本の諸悪の根源は直系家族にあり」とみなし、「直系家族を核家族に無理やり変更するような諸政策を実行に移した」。

 

そうでしょうね。アメリカ人は日本人の序列メンタリィティ (考え方) が嫌いですからね。英語では理解不能です。

日本語には階称 (言葉遣い) というものがある。’上と見るか・下と見るか’ の世俗的な上下判断を働かせないと、日本語の日常会話にも差支えが出るほど大切なものである。 

日本語を使ってこの上下判断を丹念に頭の中で繰り返していると、人間の序列ができる。万世一系の天皇もできる。直系家族もできる。英語には階称というものがないので、英米人にはこの考え方は難しい。在日留学生も ‘敬語が難しい’ と漏らす。

 

> 憲法と民法と教育から直系家族理念を一掃することで、日本の家族システムを変更させたのである。

 

そうですね。序列社会 (上下社会・縦社会) から、序列観念を一掃したのですね。だが、その根源たる日本語の階称には手が付けられなかった。

 

> 意識潮流がどんなにより本源的な共同体へ回帰しようとしても、そこに制度から根底を覆されたことによる壁は大きくなっている。 

 

意思のあるところに方法 (仕方) がある。だが、日本人には意思がない。仕方がないから、無為無策でいる。’生きる力’ (vitality) に欠けている。  

意思は未来時制の文章内容である。しかるに、日本語の文法には時制というものがない。だから、日本人には意思がない。  

 

>さらに調べると度々その憲法改正の議論もあるようだが、「個人の尊厳」を守るという近代観念に阻まれている現状があるようだ。 

 

序列社会では、’下におれ・下におれ’ の為政者の掛け声とともに、’へいこら・へいこらした人間’ ができる。この状態が ‘個人の尊厳’ の観念にふさわしくない。

 

> 書籍「エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層」(著:鹿島茂)より抜粋して紹介します。リンク

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>■きわめて「アメリカ的な」日本国憲法

>  昭和二十年(1945)八月一五日の玉音放送で戦争は終わり、連合国軍最高司令官マッカーサーによる日本占領が行われます。 >これはソ連による満州占領などと比べると実に平和的、民主的、紳士的な占領であり、満州からの引揚者に言わせると、こんなものは占領とは呼べないということですが、しかし、マッカーサーはこれまでどんな占領軍もやらなかったことをやったのです。

 

そうですね。

 

>それは戦争中から行われていた日本研究の成果を応用して、軍国日本の諸悪の根源は直系家族にありとみなし、直系家族を核家族に無理やり変更するような諸政策を実行に移したのです。

 

諸悪の根源は、研究に価値がありますね。  

 

>その最たるものが、『日本国憲法』の前文であり、ここに謳われているのは直系家族原理を全否定し、それに代えるに核家族の原理をもってすることです。 >つまり、きわめてアメリカ的な核家族原理に基づく憲法が日本国憲法なのです。 

 

そうですね。序列人間の解放ですね。

 

>マッカーサーはさらに一歩進んで、直系家族原理の中核である家督相続を廃止させ、民法からも直系家族要素を一掃させました。

>通説では、占領軍は憲法、刑事訴訟法に比べると民法改正には関与しなかったといわれますが、しかし、皮肉なことに民法改正においても、父親であるマッカーサーの「意志」を忖度しようという学者が多数出て、民法は、完全にアメリカ的な絶対核家族的なものに変更されました。 

 

そうでしょうね。日本人は通常 ‘理解’ はしないで、’忖度’ (推察) を代行させています。

‘周りの影響を受けずに、真に独立した考えができる知識人がいない。’ ( グレゴリー・クラーク)

理解と忖度は似て非なるものであるから注意が必要である。忖度 (推察) は聞き手の勝手な解釈であるから、話し手には何の責任もない。両者の間に齟齬が存在しても議論にもならない。現実直視になっていない。このことを忖度の主に指摘しても、'だって、私は本当にそう思ったのだから仕方がないではないか' と懸命に反発するので取りつく島がない。かくして、日本人の対話は成立しない。 

 

>■教育勅語を廃止し、自由主義教育へ

> また、教育という直系家族的な理念が幅を聞かせていた分野でも、教育勅語を廃止し、教育基本法を始めとする教育三法により、絶対核家族的な自由主義教育にこれを変更させました。 >  ひとことでいえば、マッカーサーは憲法と民法と教育から直系家族理念を一掃することで、日本の家族システムを変更させるという、これまでどんな占領軍もやったことのない冒険に乗り出したのです。

 

そうですね。彼は画期的な改革を断行しましたね。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数14 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2020/06/18 03:01
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