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2020年09月10日(木) 

 

>360019 安倍政権の7年8カ月  >匿名希望      20/09/09 PM01 

>日本の活力・国力衰弱を世界的(類的)評価共認の位相で捉える。

>●安倍政権の7年8カ月

> 安倍政権7年8カ月をどう総括するかと問われたら、私は「知性と倫理性を著しく欠いた首相が長期にわたって政権の座にあったせいで、国力が著しく衰微した」という評価を下す。  

 

そうですね。安倍政権でなくても、日本人の知性と倫理性には問題がありますね。日本人にはリーズン (理性・理由・適当) がない。また、罪の意識 (加害者意識) が定かでないからです。  

 

> 日本は今もGDP世界三位だし、軍事力でも世界五位の「大国」である。国際社会の中では「先進国」として遇されているし、米国の東アジアにおける最も信頼できる同盟国であるという評価も安定している。>けれども、日本が「あるべき国際社会」を語り、その実現に向けて指導力を発揮することを期待している人々は国内外を探しても見当たらないし、経済的成功のための「日本モデル」や、世界平和の実現ための「日本ヴィジョン」を日本政府が提示するだろうと思っている人もいない。

 

そうですね。気は優しくて力持ちというのか。知的な面ではもの足りないですね。無哲学・能天気の国民であっては、そうなるしかないのでしょうね。   

 

>これだけの「国力」がありながら誰も日本にリーダーシップを求めていない。 

 

そうですね。指導者というものは、自己の意思を示して部下に方法を指示しなくてはならない。意思のあるところに方法 (仕方) がある。ところが、日本人には意思がない。だから、指導者としては適任でない。   

意思は英語では未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思 (will) がない。仕方がないので無為無策でいる。優柔不断・意志薄弱に見える。’生きる力’ (vitality) が不足している。困った時には神頼み。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく) 

 

>そのことに、われわれはもっと驚くべきだと思う。>どうして国際社会は日本にリーダーシップを求めないのか?

 

そうですね。自己の意思を表せば当事者・関係者になる。表さなければ傍観者にとどまる。意思の無い日本人は常に傍観者にとどまっていて、孤高の人になっている。だから、わが国は、世界の中にあって世界に属していない。     

 

>それは日本人が「倫理的インテグリティ(廉直、誠実、高潔)」というものに価値を見出さない国民だと思われているからである。  

 

わが国は義理 (序列関係から生じる義務) と人情 (私意・我儘・身勝手) に左右される国ですからね。罪の意識が定かでない。  

 

>そして、倫理的なインテグリティを重んじないと思われている国は、いくら金があろうと(もうあまりないが)、いくら軍事力を誇ろうとも、いくら「日本スゴイ」と自ら言い募っても、誰からも真率な敬意を示されることがない。

 

そうですね。処世術 (現実) が最優先ですから、せっかくの自己慶賀も敬意を得るためには役に立ちませんね。   

 

> 勘違いしている人が多いが、人間は他者からの「真率な敬意」を糧にして、それを保持するためにさまざまな工夫をし、またさまざまな「痩せ我慢」をして生きる存在なのである。  

 

‘武士は食わねど高楊枝’ ですね。人間らしさがありますね。  

 

>人間は敬意なしには生きている気がしない。>それはヘーゲルが直感した通りである。

 

そうですね。  

 

>そして、日本はいつのまにか「他者からの真率な敬意」を誰からも寄せられない国になった。 

 

日本人の礼儀は世俗的な序列作法ですからね。真率な敬意には出会いませんね。     

 

>だから、日本人はゆっくりと「生きている気がしなく」なりつつある。  

 

わが国は何でもあるが、只希望だけがない。それは昔からの事でしょう。  

 

>それが国力が衰微しているということである。  

 

そうですね。皆さんげんなりしていますね。      

 

> 国が倫理的なインテグリティを持つとき、国民もそれを分有する。>国が高邁な理想を掲げているときには(仮にそれがかなりの部分まで勘違いであったとしても)、国民はその国の一員であることを誇らしく思い、自分の英雄的な努力によって国運が向上することを願う。  

 

そうですね。先の大戦のときがそうでしたね。   

 

>独立戦争のときのアメリカも、ナポレオン時代のフランスも、レーニンのソ連も、国民が国家の運命とおのれ個人の運命がリンクしていると信じているとき、その国は強い。  

 

かつての大日本帝国のようなものですね。   

 

>逆に、国民の多くが「私の個人的努力の目標は自己利益の増大であり、私の個人的努力が国力増大に資するような直接的な回路は存在しない」という白けた気分でいるときに、国全体のパフォーマンスは下がる。> 日本はいまそういう国になった。

 

そうですね。処世術に熱心な人間ばかりでは国民の士気は下がりますね。   

 

>なぜか、「国家主義」を標榜する安倍政権下で日本国民が失ったのは「私」と「国」との一体感だったのである。  

 

喪失の傾向は安倍政権に限りませんね。   

 

 

.

 

 

 

 

 


閲覧数14 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2020/09/10 11:21
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