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2020年10月17日(土) 

 

 

>361047 勉強圧力→順応回路からの脱却は、自分の頭で考えることが突破口  >匿名希望  20/10/17 PM05 

>「おのれの分際をわきまえろ」「身の程を知れ」という言葉は私権時代の尺度で使われるもの。

 

‘分際・身の程’ は身分制度に基づく発想ですね。   

 

> 「分際」も「身の程」も私権時代の序列を残したもの。

 

日本語には階称 (言葉遣い) というものがある。’上と見るか・下と見るか’ の世俗的な序列判断 (上下判断) 無くしては、日本語の日常会話にも差し支えが出るほどである。  

 

> 勉強圧力もこの私権時代の序列におびえているから、いまだ残り続けている。

 

序列メンタリティ (考え方) は立身出世の励みになりますね。

 

> 勉強圧力→順応回路からの脱却は、自分の頭で考えることが突破口  >リンク より引用   

 

我々日本人は ‘考える人’ (the thinking man) になる必要がありますね。   

 

> (前略)

>でも、この「おのれの分際をわきまえろ」「身の程を知れ」という恫喝は最近ほんとうによく聞くようになりました。 > 小田嶋隆さんが前にツイッターで財務大臣について批判的に言及したら、「そういうことは自分が財務大臣になってから言え」という驚嘆すべきリプライがついていたことがありました。

 

財務大臣は ‘お山の大将’ のようですね。   

 

>でも、こういう言い方は、たしかに近頃ほんとうによく目にします。> 僕が政治的なことについて発言した時にも「それならあなた自身が国会議員になればいいじゃないか」と絡まれたことがあります。

 

理屈には大人も子供もありませんね。身分の状態を話題に持ち出すのは理屈に興味の無い証拠ですね。   

 

>僕の知り合いが、ある有名ユ―チューバーについて批判的なコメントをしたら、「そういうことは再生回数が同じになってから言え」と言われた。>ある若手経営者について批判したら「そういうことは同じくらい稼いでから言え」と言われた。

 

日本人の序列感覚はいつまでたっても抜けませんね。日本語使用による副作用でしょうね。     

 

>  全部パターンが同じなんです。 

 

そうですね。日本人の序列メンタリティ (考え方) は日本語により少しも揺るぎませんね。  

 

>批判したければ、批判される対象と同じレベルにまで行け、と。 >だから、「権力者を批判したければ、まず自分が権力者になれ」ということになる。 >それはいくらなんでも没論理的ではないですか。

 

そうですね。日本人には理論というものが難しすぎますからね。ですから、わが国では学問 (哲学) が栄えません。  

 

> 「現状に不満」というようなことは現状を変えることができるくらいの力がある人間にしか言う資格がない。 >無力な人間には、そもそも「現状に不満である」と言う権利がない。 >こんな言明にうっかり頷いてしまったら、もう「現状を変える」ことは永遠に不可能になります。

 

そうですね。 カレル・ヴァン・ウォルフレン氏は、<日本/権力構造の謎・上>  (The Enigma of Japanese Power) の <ジャパン・プロブレム> 中で、日本語の”理解”について下記のごとく述べています。(p.59)

“信念”が社会・政治的状況によって変わり、”リアリティ”も操作できるものであるとすれば、多種多様な虚構 (フィクション)を維持するのはかなり容易になる。このような虚構によってもたらされる国際的な言語表現上の混乱は、日本の評論家や官僚が”理解”ということばを口にするときの特別な意味づけによって、さらに複雑になる。”相互理解”をさらに深めることかが急務である、という表現をもって強調されることが多い。

ところが、たとえば日本語で「わかってください」というのは、「私の言っていることが客観的に正しいかどうかはともかく、当方の言うことを受け入れてください」という意味の「ご理解ください」なのである。つまりそこには、どうしても容認してほしい、あるいは我慢してほしいという意味が込められている。したがって、このように使われる場合の”日本語”の理解は、同意するという意味になる。だから、”理解”の真の意味は、その人や物事を変えるだけの力が自分にない限り、そのままで受け入れるということである。、、、、、(引用終り)    

 

>だって、今あるシステムの内部で偉くなろうとしたら、まずシステムを受け入れ、そのルールに従い、他の人たちとの出世競争に参加して、そこで勝ち残らなければならないからです。 >勝ち残ることができなくて、途中で脱落すればもちろん現状は変えられない。 >勝ち残ってしまったら、「自分を出世させてくれたシステム」を変える必然性がなくなる。>グルーチョ・マルクスのように「自分を入会させるようなクラブには入会したくない」ということが言えるのはごく例外的な人だけです。>ふつうの人は「自分が偉くなれる仕組みはよい仕組みである」と考える。

 

そうですね。   

 

 

 

.

 

 

 

 


閲覧数18 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2020/10/17 22:00
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