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2021年02月19日(金) 

 

 

>364644      森氏に辞任を決断させた孫娘の「家族にはいい人」に見る“日本のおじいちゃん”の秘密

>匿名希望       >21/02/19 AM100   >以下リンクより

>森喜朗氏が性差別発言を撤回し、最終的に辞任を決めたのは、孫娘の提言だったことが報じられている。 >先日は週刊誌で孫娘の女性がインタビューに答え、「ごく普通のおじいちゃん」「みなさんのお父さんやおじいちゃんと同じだと思います」と話していた。

 

‘All men are created equal.’ (人はみな平等に造られている) と言った人は尊敬される。 A

人間万事不平等。と言った人はただの人。                                                 B

Aは非現実 (考え) の内容である。Bは現実 (事実) である。人々はAを求めているので、Bを聞いて落胆する。

東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗氏が ‘女性が沢山入っている理事会は時間がかかります’ と言えば、それはBタイプの発言になります。だから、その結果は皆さんご承知の通りになるのです。 

Aタイプの発言をする人には指導性がある。未来を先取りする人である。Bタイプの発現を聞いて ‘真実だ’ などといって感心する人には進歩がない。     

 

>おじいちゃんだからジェンダーのことも分からないけれど、家族には性差別しない本当にいいおじいちゃんなんです、という孫娘の発言にどれほどの価値が?と思うが、結局森氏は、世論による批判ではなく、“おじいちゃん、これ以上無理しないで”という家族内女性からの声で、辞任を決断できたということらしい。

 

そうですね。最後のご奉公は難しい。   

 

> 私たちには、“おじいちゃん問題”がある。 > ずいぶん前のことだが、かつての戦地に残された日本軍人の遺骨収集のボランティアをする女性と話す機会があった。 >会話のなかで戦時性暴力について語ったが、話は一向に深まらず、その理由を彼女がこう言ったことを覚えている。 >「レイプをしていないのにレイプしたと言われて泣くおじいさんがいて、レイプされたと泣いているおばあさんがいる」。 >だから彼女は、レイプをしたと言われて泣くおじいさん側に立つのだと言うのだった。   

 

どちらが正しいのですかね。   

 

>また別の機会に、「慰安婦」女性たちの声を忘れないという抗議のデモに参加したときのこと。 >路上でゴスロリの服を着た若い女性が身を折るようにしてこう叫んでいた。 >「私のおじいちゃんは、やってない!!!」。 >その叫びは、隣でへらへらと笑いながら「うーそつきの売春婦」と楽しそうに声をあげる人たちとはまるで違っていた。 

 

どちらが正しいのですかね。   

 

>“日本のおじいちゃん”は、ずっと家族に「秘密」を抱えていた。 >朝鮮人を虐殺し、中国人を虐殺し、捕虜を虐殺し、女性たちをレイプしても、それを「戦争とはそういうものだから」「みんな同じだったのだから」「仕方なかったのだから」と封じ、それは決して家族の中で語られることはなかった。 

 

軍隊では厳しい箝口令 (口止め) が敷かれていましたからね。わが国には勝ち戦は無くても負け戦はある。山ほどある負け戦の話が平家物語のように語り継がれることはありませんでしたね。   

 

>上層部から竹槍で中国人を殺すことを強いられ、「男なのだから」と「買春」を強いられる日本軍人の男性の多くは、それらを語ることはできかった。

 

‘人の振り見て我がふり直せ’ ですね。 何事も皆様並みの行いで罪の意識はさらさらない。旅の恥はかき捨てですね。         

 

> 本当は語りたかったのかもしれないが、子どもや孫たちが、お父さんやおじいちゃんの戦地での体験にどれほど向き合おうとしただろうか。>話すにも聞くにも、あまりにも過酷な体験。  

 

お父さんやおじいちゃんは自分自身の体験から、自国が負けたらどうなるかぐらいの事はよくわかっていたでしょうね。   

 

>お父さんやおじいちゃんはずっと秘密を抱えたまま、戦後、日本が経済発展し、豊かになることで忘れることを選んだのだ。 

 

日本語には時制というものがない。過去時制の文章が脳裏にとどめ置くことができないから過去は日本人の頭の中で疾く風化する。日本人にとって見えないことは、存在しないことになる。   

 

>だからこそ日本の戦争は、日本に残されたおばあちゃんたちによって語られてきた。>それは、軍事政権がいかに国民の命と暮らしを奪ったのかという悲惨の語りだ。>私の祖母は、東京大空襲の夜、雪の上に落ちる焼夷弾があまりに明るく美しく一瞬見とれてしまったこと、貴重な卵を抱えて逃げ、それが割れてしまったときの感情、隣組のオジサンの横暴さがどれほど不快だったかなど、よく話してくれた。>祖母の戦争の話にタブーはなく、私は昔話のように祖母にせがんで聞いたものだ。> 加害の体験が話されることはなく、聞くこともない。 

 

日本人には意思 (will) がない。だから、加害がなくて被害だけがある。日本人の社会は加害者意識 (罪の意識) がなくて被害者意識ばかりが満ちている社会である。だから、実に恨めしい世の中になる。   

 

 

 

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閲覧数20 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/02/19 21:14
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