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2021年04月11日(日) 

 

>日本にも「マグニツキー法」(人権制裁法)が必要? 香港「国安法」とどう向き合うか  >2020年07月04日17時00分

(略)

>   香港での反体制的な言動を取り締まる「香港国家安全維持法(国安法)」の成立・施行翌日にあたる2020年7月1日、在日香港人でつくるグループが、法律による影響を訴える記者会見を国会内で開いた。>   与野党の国会議員3人も参加し、法律を批判。

 

民主主義に背を向けた覇者の国 (中国) の安全は困りものですね。   

 

>無所属の山尾志桜里衆院議員は、「マグニツキー法」として知られる人権制裁法に言及。  

 

セルゲイ・マグニツキーは法執行機関と税務当局を舞台にした2億3000万ドル(当時のレートで約256億円)もの巨額横領事件を告発した[1]。そして一年以上モスクワで拘留されながら暴力を受け続け、2009年に獄中死した[2]。アメリカはこの事件を受け、2012年、関係者のビザ発給禁止や資産凍結を行うマグニツキー法(英語版)を制定した。米国で2012年に採用されたロシアを対象としたマグニツキー法は、2016年に「グローバル・マグニツキー人権問責法」(Global Magnitsky Human Rights Accountability Act)として新たに採用され、2017年12月21日より施行されている。2017年10月、カナダ下院でマグニツキー法のカナダ版にあたるJustice for Victims of Corrupt Foreign Officials Act(国外の腐敗高官の犠牲者に報いる処罰)が満場一致で通過[3]。2019年12月、欧州連合がマグニツキー法に類似した法案を設定することに合意[4]。2020年7月、英国で北朝鮮とロシアの49の個人・組織に対してマグニツキー法が発動。 香港やウイグル自治区の人権侵害が制裁の対象になるか注目されているという[5]。(以上 Wikipediaより)  

 

>「そういうツールを日本の国会も持った方が、日本政府の外交にとっても、絶対いいはず」として、日本でも同様の法律の制定を訴えた。

 

私も同感ですね。’義を見てせざるは勇無きなり’ ですね。   

 

(略)

>会見出席で「『外国勢力との結託』とみなされ、香港に帰った途端逮捕されるかもしれない」  

 

中国と外国の勢力争いという構図ですね。  

懸念されるのは、・・・・・・・・・・基本的人権をめぐり天賦人権性が否定されていることだ。これは近代の人権観念の端的な否定であり、見過ごせない。立憲主義、人権、民主主義といった近代憲法の諸概念は欧米由来のものであり、これらを後に受け入れた日本を含む国々では反発を呼ぶこともある。しかしこうした諸原理自体は、多様な個人の共生を可能にする基礎であり、普遍的なものとして受け入れなければならない。 (曽我部真裕 京都大学教授)

 'どのような状況にも普遍的に通用する真理や法則、基本概念や倫理がありうるという考え方が、日本にはほとんど存在しない。'  (カレル・ヴァン・ウォルフレン)

勿論中国においても事情は同様ですね。だから、アジア人の国は主要国の埒外に置かれることになる。  

 

>   集会を主催した在日香港人グループは「香港の夜明け」を名乗り、メンバー3人が登壇。>3人ともマスク姿で、そのうちひとりは、黒いパーカーのフードを深くかぶっていた。 >メンバーによると、「今、この場にいる香港人たちは、新しい法律によると『外国勢力との結託』とみなされ、香港に帰った途端逮捕されるかもしれないことを念頭に置かなければならない」ためだ。 

 

言論の不自由・弾圧ですね。焚書坑儒の伝統が生きていますね。’物言えば唇寒し秋の風’ ですかね。江戸時代の風情ですね。    

 

>   日本政府は6月30日、法案の可決・成立を受けて「遺憾の意」を示す談話を出している。 

 

遺憾の意を表明することは我が国の伝統であり、歌詠みのようなものですね。責任のある発言とも思えない。 

日本人には意思 (will) がない。意思は英語の未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there's a will, there's a way. 日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。優柔不断・意志薄弱に見える。能動がなくて受動ばかりの生活を送っている。戦時中は玉砕するまで戦い抜いた日本兵であった。生きる力 (vitality) が不足している。困った時には '他力本願・神頼み' になる。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)

日本人には意思がない。意思の無い人には責任がない。ちょうど死刑執行人のようなものである。人は死んでも彼らは殺人罪に問われない。彼らには殺意という意思がないからである。

意思の無い世界には、西洋流の責任も無い。イザヤ・ベンダサン=山本七平訳の<日本教について>の中で、日本語の責任について述べられています。

‘、、、、、「責任」という日本語には、「応答の義務を負う=責任(レスポンシビリティ)」という意味は全くないのみならず、「私の責任だ」といえば逆に「応答の義務がなくなる」のです。、、、、’ (引用終り)

‘兎角、この世は無責任’ という事か。

自己の意思を表せば当事者・関係者になる。表さなければ傍観者にとどまる。意思表示の無い日本人は常に傍観者にとどまっていて、孤高の人になっている。孤立無援になりやすい。わが国は、世界の中にあって、世界に属していない蚊帳の外。

 

 

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閲覧数747 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/04/11 11:35
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