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2021年05月10日(月) 

 

 

>日本人は集団になると「龍」になる・・・この言葉は真実だった=中国  >2021-05-01 13:12

> 2021年3月19日、茨城県ひたちなか市にある大手半導体メーカーの工場で火災が発生した。 >被害は甚大だったが5月中には100%の生産能力に復帰するとのことで、この再開のスピードは奇跡的だと中国でも話題になっているようだ。  

 

そうでしょうね。 日本人と中国人の違いは今も昔も変わりませんね。   

 

>中国メディアの百家号は27日、「日本人は集団になると龍のごとく力を発揮する」と伝える記事を掲載した。 

 

それは常に言われていることですね。極端な違いがありますから、誰でも気付くことでしょう。       

 

> この工場は、火災発生後1カ月以内での生産ラインの再開を目指し、実際に達成することができた。>当初は数カ月かかると言われていたことから、記事はこれだけの早期再開を「日本の集団力のおかげ」だと伝えている。 > 再開に向けて、自動車、機械、建設など各界から多い時には最大で1600人もの応援の人員が駆け付けたと報じられており、日本には今も「共存共栄」の精神が息づいていると称賛した。  

 

そうですね。それは日本人の良い面ですね。中国人には真似のできない事でしょうね。   

 

> 「集団になると龍のごとく力を発揮する」というのは、日本人の特徴のようだ。

 

そうですね。それは半ば本能的なものですから。勢いよくどこまでも中国大陸を突進することにもなる。突進はブレーキのない機関車のようなもので、きわめて危険な状態でもあります。    

 

>記事は、日本には「大部屋方式」というものがあると紹介している。 >トヨタでも実践されている方式で、共通の価値観と原理原則を持ち、集団が1つにまとまってプロジェクトに当たるというものだ。 > 日本では、各自がばらばらで動くよりも、集団になった方が力を発揮するという傾向があるのだろう。 

 

そうですね。一億一心の原理ですね。我々もその原因も知っていた方が良いですね。そうすると我々日本人は大怪我を避けることができますからね。  

言語は伝達の手段であるばかりでなく、思考の手段でもあるわけでからね。言語の特性が我々の判断に影響を与えています。   

日本人の社会は序列により成り立っている。いわゆる序列社会 (縦社会) である。人々は義理を果たすことに生きがいを感じている。義理とは序列関係から生じる義務の事である。義理の観念は日本語から発生しているから、中国人には全国民に通じる義理がない。そして序列協力が大きな力をなすこともない。    

日本語には階称 (言葉遣い: hierarchy) というものがある。だから日本語を発想する場合には、‘上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断が欠かせない。上下判断 (序列判断) には、通常、勝負の成績が用いられる。近年では偏差値なども都合の良い資料として利用されている。わが国が学歴社会であるいうのも云うのも、実は序列社会の言い換えに過ぎない。   

日本人の礼儀作法も、序列作法に基づいている。だから、序列社会の外に出たら ‘序列なきところに礼儀なし’ の状態になる。礼儀正しい日本人になる為には、世俗的な序列順位を心得ている必要がある。'人を見損なってはいけない' という想いが強迫観念の域に達していて、人々は堅ぐるしい日常生活を送っている。こうした観念は天皇制・家元制度・やくざの一家の構造にまでつながっている。

日本人は序列の存在を知れば、それが一も二も無く貴いものであると信ずる共通の序列メンタリティを有している。これは序列信仰の域に達している。日本人の尊敬は、序列社会の序列順位の単なる表現に過ぎないため、個人的精神的な意味がない。下々の衆は上々の衆の祟り (仕返し) を恐れて神妙にしている。上々が無哲学・能天気である事については、下々にとって何ら気になることではない。だから、日本人の尊敬には浅薄さが付きまとう。    

 

 

 

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閲覧数55 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/05/10 14:20
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