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2021年07月05日(月) 

 

 

>彼らに作りかけの案を持ち込んで「これからどうしましょう?」と相談するのはナンセンス。  

 

彼らは政治家なのですかね。政治家であれば政権交代で彼らは一掃されるでしょうね。       

 

>時間を掛けても、完成品を仕上げて報告する方が喜ばれました。   

 

どうやら政治家のようですね。   

 

>もちろん全ての公務員には当てはまりませんが、少なくとも当時の私は「100点の答え」を出し続けるスタイルでも評価されていたし、それに何の違和感も覚えませんでした。 >こうして私は、仕事を数カ月単位で溜(た)めるようになったのです。 

 

床の間の置物のような上司は、専門職としては不向きですね。   

 

>「使えない高学歴」の誤解。彼らも100点病患者かも  >皆さんは「高学歴は仕事ができない、使えない」と聞いたことはありませんか。 

 

それは半ば常識のようになっていますね。   

 

>自分自身が仕事のできない東大卒になった経験から、私はこの意見は一部正しくて、一部は的外れだと感じています。  

 

それは何も東大卒ばかりの問題でもないようですがね。  

 

>「勉強ばかりで人の気持ちが分からない、自分が一番賢いと思っていて指示を聞かない、だから高学歴は使えない。」 >私はそんな論調に触れるたび、一人の東大卒としてムカムカしていました。 >私は絶対に違う。 >大学の友達にもそんな子はいなかった。 >この説は大嘘(うそ)だ。 >そう思っていました。 >実際のところ、東大ではコツコツ勉強してきたタイプの真面目な学生が圧倒的多数派です(テレビで見るような天才ばかりではありません)。 >彼らは模試やテストで「天才と自分に圧倒的な差がある」と嫌というほど知っているので、賢さを過信するどころか非常に謙虚です。 

 

天才には大衆教育は必要ないでしょうね。それは個性の問題でしょうね。      

 

>それに、入社後に「使えない」と断じられる高学歴の学生たちは、そもそも選考を経て内定を得ています。 >人事には、最低限の協調性やパーソナリティが評価されているはずです。 >それを踏まえると、企業のおじさんたちがいう「人の言うことを聞かないロボットのような高学歴」は虚像に過ぎないと思うのです。 

 

おじさんたちは ‘人の言うことを聞くロボット’ を求めているのでしょうね。   

 

>彼らの実情は、仕事でも「100点の答え」を求めてしまう、私のような人たちではないでしょうか。 >学校で先生の添削を受け続けた経験から、職場では完成した仕事を上司に示せるまで抱え込んでしまうのです。 >そんな仕事の進め方は、こまめな相談を当然とする上司に「こいつは周囲に意見を求めようとしない、言うことを聞かないやつだ」と誤解されるでしょう。  

 

自分の考えか他人の考えかが判別できないような内容が求められているのでしょうね。   

日本人には意思 (will) がない。意思は英語の未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there's a will, there's a way. 日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。優柔不断・意志薄弱に見える。能動がなくて受動ばかりの生活を送っている。戦時中は玉砕するまで戦い抜いた日本兵であった。生きる力 (vitality) が不足している。困った時には '他力本願・神頼み' になる。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)    

 

>仕事ができない高学歴の正体は「100点病」患者たちかもしれません。

 

正解は幾らでも存在する世の中であるのに残念なことですね。    

 

>しくじりから得た学び:仕事に「100点」はない、他人のコメントは赤ペンじゃない。こんな私を笑いますか? >さて、こんな私は社会人3年目でやっと「100点病」を自覚しました。 

 

100点病に罹っている人には、思考停止と記憶万能がありますね。自分自身のニュー・アイディアとは無縁ですね。ですから他人の考えを受け売りする専門家になります。    

イザヤ・ベンダサンは、自著<ユダヤ人と日本人>の中で、我が国の評論家に関して下の段落のように述べています。

評論家といわれる人びとが、日本ほど多い国は、まずあるまい。本職評論家はもとより、大学教授から落語家まで (失礼! 落語家から大学教授までかも知れない) 、いわゆる評論的活動をしている人びとの総数を考えれば、まさに「浜の真砂」である。もちろん英米にも評論家はいる。しかし英語圏という、実に広大で多種多様の文化を包含するさまざまな読者層を対象としていることを考えるとき、日本語圏のみを対象として、これだけ多くの人が、一本のペンで二本の箸を動かすどころか、高級車まで動かしていることは、やはり非常に特異な現象であって、日本を考える場合、見逃しえない一面である。 (引用終り)  

 

 

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閲覧数30 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/07/05 05:58
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