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2021年08月28日(土) 

 

>370093        「無意味耐性の高い人たち」というけれど  >高橋克己 ( 67 建築士 )           21/08/28 AM09

>「内田樹の研究室」リンク に、「無意味耐性の高い人たち」という文章があり、この分析に共感した。 >同時に、そういう言葉を発する人達、について考えさせられた。

>以下引用~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

> 8月6日の広島での平和記念式典で、菅首相がスピーチの一部を読み違えたことが報道された。  

 

残念なことですね。人間には過ちが避けられませんね。        

 

>「原爆」を「原発」、「広島」を「ひろまし」と読むなど7カ所で首相は読み違えをした。 >だが、問題は核廃絶に向けた日本の立場を示す約120字を読み飛ばしたことである。  

 

核廃絶は大切な部分ですね。大量に飛ばしましたね。       

 

> そこには「わが国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国」「『核兵器のない世界』の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要」などの文言が含まれていた。 >そこを読み飛ばしたせいで、首相のスピーチは「日本は非核三原則を堅持しつつ、核兵器のない、核軍縮の進め方を巡っては各国の立場に隔たりがあります」という意味不明のものになった。  

 

‘言語明瞭、意味不明’ ですかね。   

 

>原稿が糊でくっついてはがれず、一枚飛ばしてしまっただけで、「完全に事務方のミス」というのが政府の言い訳である。 > なるほど、そうなのか。  

 

不注意な事務方ですね。首相の原稿には、あまり注意が払われていないようですね。       

 

>だが、私たちがここから知れるのは、首相がこのスピーチの草稿に事前に目を通さずに式典に臨んだらしいということである。   

 

そうですね。首相は場慣れしているのでしょうね。   

 

>一度でも下読みしていれば、ふつうは7カ所も読み違えをしないし、ましてスピーチの「聞かせどころ」を読み飛ばすというようなことは起こらない。 >わずか1300字の原稿である。 >5分あれば誰でも読める。  

 

そうですね。首相の心血を注いだものになっていませんね。     

 

>その手間を惜しんだのならば、首相は平和式典をひどく軽んじていたということになる。  

 

多忙な首相の姿が目に浮かんできますね。  

 

> だが、そのこと以上に私が当惑したのは、首相が意味をなさない文を平然と読み続けたということである。  

 

日本人は無哲学・能天気ですからね。読む方が読む方なら、聞く方も聞く方である。        

 

>そういうことはふつう起きないからだ。 

 

小学生なら起こしませんね。首相は聴衆となれ合っているのでしょう。         

 

> 文法的にかたちをなさないセンテンスを読むと、私たちは「気持ちが悪い」と感じる。  

 

万事が気分・雰囲気の問題ですからね。   

 

>しかし、首相はそこで立ち止まることをせず、無味をなさない文を平然と読み続けた。 >これはかなり深刻な問題だと私は思う。    

 

そうですね。首相のセンテンスは重要ですね。      

 

>というのは、この事実から私たちは首相が「意味をなさない言葉を人前で堂々と話しても気にならない人」だということを知るからである。  

 

日本人は始終慣れ合っていますからね。なあなあ主義ですからね。 

‘なあなあ主義’ とは、真の意味での検討や意見の交換などをせず、お互いに「なあ、いいだろう」ぐらいの話し合いで全てを済ませること。    

 

> いや、たしかにそういう人は世の中にいる。 >大勢いる。 >あるいはもう日本人の過半がそうなのかも知れない。 >そうでなければ、そういう人が総理大臣に上り詰めるはずがない。     

 

そうですね。日本人は大勢いる。総理大臣も日本人ですからね。      

 

>「意味のない言葉を口にしても気にならない」人のことを私は「無意味耐性の高い人」というふうに呼んでいる。>無意味な言葉を朗々と読み上げることができ、無意味な仕事に必死に汗をかくことができる人たち、それが「無意味耐性の高い人」である。

 

無意味耐性のせいでしょう。日本人は昔から ‘ああ、むないし・むないし’ と嘆いていますね。   

 

>これは現代日本ではある種の「社会的能力」として高く評価されている。  

 

そうですね。これは特殊社会の特殊能力というものでしょうね。    

 

> 受験秀才は「なぜこんなことを覚えなくちゃいけないんだ? こんな知識に何の意味があるんだ?」という問いを自分に向けない。

 

彼らは処世術 (損得勘定) をちゃんと心得ていますからね。現実離れした野暮な質問はありえませんね。日本人には現実 (事実) があって、自分自身の非現実 (考え) がない。             

 

>会社で重宝されるのは上司が発する業務命令に対して「どうして、こんな仕事しなくちゃいけないんですか? これ、意味ないじゃないですか?」と言わない人間である。   

 

そうですね。期待される人間像は、’指示待ち人間’ ですね。手段の目的化が起こっているので、真の目的が存在しない。それにもかかわらず真の目的は上司の想定外になっている。    

 

>引用終わり(引用元には続きあり)~~~~~~~~~

>今の首相をはじめとする政治家の、オリンピックやコロナ対策について発する言葉の裏側には「無意味耐性」以上に、対話も説明も拒否して無理を押し通そうとする強引さがある。   

 

そうですね。傍若無人の振舞ですね。彼は議論・対話が得意でないからでしょうね。    

 

>それが、言葉をどうでもよい軽いものにしていると感じさせる本質ではないか。

 

そうですね。吹けば飛ぶような日本人の言葉ですね。     

‘私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者となり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない’  (あるアメリカの国務長官) 

変わり身の早さは日本人の得意芸ですからね。目先・手先の事柄に神経を集中させていますね。現実があって非現実 (考え) の無い人間の特徴ですね。  

 

 

 

.

 

 

 

 

 


閲覧数29 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/08/28 17:37
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