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2021年10月19日(火) 

 

 

>若者不在の政治を変えたい。「選挙アップデート for U30」プロジェクトを始めます。 > ハフポスト日本版 2021/10/19 10:27

 (略)

>コロナ対応やオリンピックで税金を多く使ったイメージがあるのですが、どのように回収するつもりでしょうか? 20代前半ですが、税金が増えているのに給料は下がる一方でこれからがすごく不安です。(20〜29歳、女性、茨城県)

>コロナで学校が休校になったり、子どもも大人と同じように政治に振り回されています。「18歳未満の国民の生活」を豊かにするために各政党はどんなアプローチを考えていますか?(18〜19歳、女性、鹿児島県)

>10月31日に行われる衆院選に向けて実施したアンケートに、U30世代から寄せられた『声』の一部です。

>岸田文雄首相は、この選挙を「未来選択選挙」だと言います。  

 

今回の選挙においてメディアは全ての選択肢を分かりやすく提示していただきたいものですね。    

 

>そうであるならば、これからの「未来」を生きる若者たちこそが、この選挙の中心にいてもいいはずです。>でも、若者の「声」は政治に届いているでしょうか? >政治は若者にしっかりと向き合っているでしょうか?  

 

政治に関する対話は日本人には難しいですね。     

 

>ハフポスト日本版は、U30社外編集委員でNO YOUTH NO JAPAN代表理事の能條桃子さんと一緒に、「選挙アップデートfor U30」というプロジェクトを始めます。 >女性も若者も不在…政治にダイバーシティを   >選挙のたびに「投票率が低い」ことがニュースになる日本。   

 

 '日本人は政治にそれほど関心がないのに政府に依存し、国からの発言を待っている。'  (ウスビ・サコ)   

 

>前回2017年の衆院選では、全体の投票率が53.68%と低い中でも、20代33.85%と10代40.49%と、U30世代の投票率の低さが際立ちました。>若い世代の投票率の低さはかねてから指摘されていますが、そもそも国会議員にU30世代が1人もいないのです。 

 

この国には何でもあるが、ただ夢と希望だけがない。   

 

>列国議会同盟(IPU)が2021年に公開したレポートには、2020年時点の各国の下院議員における“若者”の比率が比較されています。 >日本の衆院議員はU30は0%。U40は8.39%(110カ国中96位)。 

 

日本人は奥手なのでしょうかね。   

 

>国民を代表するはずの国会でジェンダーのアンバランスがあることはよく知られていますが、世代別にみてもかなり歪な構造になっているのです。  

 

そうですね。若者には夢と希望のある政治が必要ですね。   

 

>「選挙アップデートfor U30」では、ただでさえU30世代の声が届きにくい政治や選挙の仕組みそのものについて問題提起するとともに、U30世代の声や視点を可視化し、政治に届けていくための場づくりに取り組んでまいります。 

 

視点・論点を丁寧に説明するのはメディアの役割ですね。   

 

>U30世代が関心を寄せる政策テーマ。特徴は? >プロジェクトのローンチに先立ち、ハフポスト日本版と一般社団法人NO YOUTH NO JAPANは、「選挙アップデートfor U30 衆院選アンケート」を行いました。 >9月9日〜10月9日までに、オンラインで全国から9536件(U30は3613件)の回答がありました。 >U30世代が、衆院選で自分が投票する候補者・政党に特に積極的に取り組んでほしいと思う社会課題(3つまで複数回答可)のトップは、「ジェンダー平等(選択的夫婦別姓など)」です。 >特に選択的夫婦別姓に対しては、導入を求める声が圧倒的多数を占めました。  

 

選択的夫婦別姓をわが国でも実現出来たらよいですね。   

 

>同性婚の法制化を求める声も多く、30代以上の世代と比べ、多様性を尊重する政策を重視する傾向がうかがえます。 

 

我が国に個人主義が浸透すれば、多様性は尊重されますね。個人主義と多様性は車の両輪のようなものですかね。      

 

>自由記述欄には、「将来不安」を訴える声も多数寄せられました。 

 

日本人は未来の内容が想定外になっていますから不安ですね。一寸先が闇である。       

 

>ランキングでは「妊娠・出産・子育て」や「格差・貧困」などが上位に挙がっていますが、こうしたカテゴリーを超えた、イシュー横断型のコメントも多く見られました。 >また、「経済成長・成長戦略」というテーマについては、こんなコメントも。 >(以下引用) >昨今では脱成長という考え方についても少しずつ浸透しつつある。 >海外でもサーキュラーエコノミーなどの考え方、社会の動きが注目されるが以上の点について各政党の意見や考えをお聞きしたい。 >(20〜29歳、Xジェンダー、埼玉県) >(以上引用) >「どう成長するか」ではなく「成長路線」そのものを問う声が見られたことも、大きな特徴です。  

 

我が国は、頭脳流入の国にならなければならないですね。それにはわが国の研究環境を良くすることが必要ですね。

生活環境が劣悪であると難民流出の国となる。生活環境が良好であると難民流入の国となる。

研究環境が劣悪であると頭脳流出の国となる。研究環境が良好であると頭脳流入の国となる。 

現実 (事実) は見ればわかる。現実の正解は一つしかない。非現実 (考え) の内容は文章になる。文章にならなものは考えではない。

矛盾を含まない文章は、全て正しい考えを表している。考えは、一人一人違っている。だから、正解は無数にある。体系的な考えは哲学になる。各人に哲学は必要である。 Everyone needs a philosophy.  

私は日本のインテリから ‘哲学とは何ですか’ と何度も聞かれた。外国人からは、このような質問を受けたことはない。日本人は大学で、自己の哲学を作ることを学んでこなかった。だから大学在学中の4年間を遊んで暮らさなければならなかった。       

政治に関する考えは政治哲学になる。宗教に関する考えは宗教哲学になる。科学に関する考えは科学哲学になる。人生に関する考えは人生哲学になる。などなど。  

我が国の政治家には政治哲学がなく、わが国の宗教家には宗教哲学がない。わが国の科学者には科学哲学がなく、わが国の著述家には人生哲学がない。などなど。   

‘私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者となり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない’  (あるアメリカの国務長官)

TBSブリタニカとブリタニカ国際大百科事典を作ったフランク・ギブニー氏は、自著 <人は城、人は石垣> の中で、我が国の作家について次の様な感想を述べています。

孤立は日本式スタイルを誇る詩人、随筆家はいうに及ばず、小説家において最も顕著である。これは外国人にとっては判断をはばかられる主観的な領域である。しかし文学界で最も尊重される文章が意味を省略し、あいまいさに富み、漢字をうまく使って読ませ、文法分析家を意気揚々と悩ます一種の「気分の流れ」であることは一般に真実である (私の思考パターンは取り返しのつかぬほど西洋的なので、私は自分がスラスラ読めるような日本語の散文は深刻なまでに文学的優雅さに欠けているにちがいない、という大ざっぱなルールをとっている)。(引用終り)

我が国には人手不足の話はあるが、頭脳不足の話はない。わが国は、無哲学・能天気の国である。だから、国民は歌詠みになる。  

 

>U30と作る、まったく新しい「政党討論会」  >選挙といえば、恒例行事のようにメディアが「政党アンケート」や「政策討論会」を企画します。 >ところが、今回の選挙では、メディアの内外で若者の視点や声を政治に届けようという試みも多数生まれているように思います。 >私たちはこの流れの中をさらに加速させるべく、本当の意味で若者と政治が会話する場をつくります。 >私たちも主要9政党に行った「アンケート」は、U30の皆さまからいただいた貴重な意見をもとに作成しました。 >また、U30の声を少しでも直接的に政治に届けるべく、プロジェクト第一弾として、10月21日午後9時から「U30のための公開討論ライブ」を生配信します。 >能條さんらU30世代と私たちメディアが協力して、ゼロから企画を作った、まったく新しい「政党討論会」です。 >各政党のキーパーソンに質問をするのは、能條さんをはじめとした20代の若者たち。 >アンケートやSNSに寄せられた質問やコメントも、できる限り紹介していきます。 >U30世代が縦横無尽に語り合う、4夜連続「ハフライブ」 >10月25日からは、四夜連続ハフライブ「Vote for Change」も配信します。  

 

日本人の未来は一寸先が闇である。ですから、何事もお変わりのないことが何よりなことです。    

 

>毎月、SDGsを様々な切り口で語り合うトーク番組「ハフライブ」の選挙特番です。>各回、多彩なU30ゲストのみなさんとともに、アンケートで関心が高かった「ジェンダー平等」や「将来不安」「気候変動」などについて議論を深めていきます。>政治が若者に対等に向き合い、若者が政治についてカジュアルに会話することができる社会の空気を作りたい。

 

わが国の政治家には上からの目線しかないですね。日本人の社会は ‘お前と俺’ の社会にはなれない。それは、日本語を放置しているからでしょうね。    

日本語には階称 (言葉遣い: hierarchy) というものがある。だから日本語を発想する場合には、‘上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断が欠かせない。上下判断 (序列判断) には、通常、勝負の成績が用いられる。近年では偏差値なども都合の良い資料として利用されている。わが国が学歴社会であるというのも、実は序列社会の言い換えに過ぎない。だから、わが国の学歴社会は学問の発展には何ら貢献していない。   

日本人の礼儀作法も、序列作法に基づいている。だから、序列社会の外に出たら序列なきところに礼儀なしになる。礼儀正しい日本人になる為には、世俗的な序列順位を心得ている必要がある。'人を見損なってはいけない' という想いが強迫観念の域に達していて、人々は堅ぐるしい日常生活を送っている。こうした観念は天皇制・家元制度・やくざの一家の構造にまでつながっている。

日本人は序列の存在を知れば、それが一も二も無く貴いものであると信ずる共通の序列メンタリティを有している。その程度は序列信仰の域に達している。日本人の尊敬は、序列社会の序列順位の単なる表現に過ぎないため、個人的精神的には意味がない。下々の衆は上々の衆の祟り (仕返し) を恐れて神妙にしている。上々が無哲学・能天気である事については、下々にとって何ら気になることではない。だから、日本人の尊敬には浅薄さが付きまとう。   

日本人の政治家にも、政治哲学がない人が多い。だから、我々の未来社会の有様を相手に言って聞かせる術がない。それは非現実 (考え) の内容を盛り込むための構文が日本語に存在しないからである。序列人間は人間の序列を作っていて、上位の者 (先輩) と下位の者 (後輩) の間に自分を差し挟むことにより自分たちの存在を確認し合っている。だから、自己の所属する序列に並々ならぬ帰属意識を持っていて義理 (序列関係から生じる義務) を果たすことに懸命になる。そして、この種の仕事にやりがいを感じている。周囲の序列仲間が自分たちの序列に対する貢献度を評価する。これにより自己の順位は上昇する可能性がある。それが日本人の人生における楽しみである。 

我が民族の序列メンタリティは国がひっくり返った後にも変わりませんでしたね。新憲法の前文には、 ‘・・・・・国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。’ と高らかに宣言しています。地位とは国際社会の序列順位の事で、国際問題に関する問答には関心を持たずにひたすら順位の向上を待ち続ける奇異な民族の代表として存在します。序列メンタリティが邪魔になって問答ができないのか、問答ができないために序列メンタリティから離れられないのか。英語の習得力が不十分なためか。       

 

>そして、私たちが生きていく「未来」を選ぶために、投票に行くことが当たり前になるようにーー。  

 

我が国民には未来を想定することが難しいですね。だからその選択肢も無い。それは日本語文法に時制というものがないからです。        

言語は伝達の手段であるばかりでなく、思考の重要な手段でもあります。ですから我々の考えの疎かな所は日本語のせいであることもあります。   

非現実 (考え) の内容は、英語の時制のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。その内容は世界観と言われている。これらの三世界は時制により構文が異なるので、同次元で語ることができない。それで独立した三世界になっている。この規則を the sequence of tenses (時制の一致) と呼ぶ。日本人の初学者が英論文を書くときに難渋する規則である。 

世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその内容を自分自身で埋めて行く。自己の 'あるべき姿' (things as they should be) もこの中にある。来るべき世界の内容を語ることは、時代を先取りすることである。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実 (things as they are) の内容を批判 (縦並びの比較) すれば、批判精神 (critical thinking) の持ち主になれる。批判精神のない人の文章は、ただ現実の内容の垂れ流しになる。全ての事柄は他人事になる。これは子供のようなものである。日本人も英米人も子供の時には非現実 (考え) の内容というものがない。だから ‘話を告げる’ (to tell a story) ということは、’作り話をする’ とか ‘嘘を吐く’ という風に受け取られて悪い子供とされている。この判定がわが国では一生涯続く。

日本語の文法には時制がない。だから、日本人には世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。残念ながらマッカーサ元帥の '日本人12歳説' を否定できる人はいない。  

意見は比較の問題である。現実の内容と非現実の内容があれば批判精神が発揮できる。英米人の意見はこれである。これは縦並びの比較ということができる。建設的である。進歩が期待できる。希望が持てる。現実の内容だけであれば、その比較は '現実' 対 '現実' の上下判断 (横並びの比較) になり、'どっちもどっちだ' がある。無力感に苛まれる。この種の比較は復讐に復讐を重ねる民族同士の争いの原動力にもなっていて進歩が期待できない。

非現実の内容は人様々である。非現実の内容がなければあるのは現実だけで、その正解は一つである。日本人がともすれば異口同音の内容を語るのはこのためである。    

わが国のマスコミも現実の内容をただ垂れ流す。個人の価値判断が抜け落ちている。現実の正解はただ一つであるから、どんぐりの背比べで個性がない。それで、日本人は個人主義が何であるかを理解することが難しい。本人にも相手にも何を考えているのかわからない。だから、誰からも信頼されない。世界観に基づく協力者が得られないので社会に貢献する度合いが限られる。  

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)       

 

>能條桃子・U30社外編集委員とともに取り組むハフポスト日本版の「選挙アップデート for U30」プロジェクトに、ぜひご期待ください!  

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。  

 

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

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閲覧数761 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/10/19 17:30
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