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2021年10月24日(日) 

 

 

>朝日新聞デジタル >Z世代、本当に政治無関心? 「意識が高いと…」「演説で心動いた」  > 朝日新聞社 2021/10/23 12:45

 (略) 

> 【千葉】Z世代。 >1990年代後半生まれで、幼いころからインターネットに触れてきた若者を指す。 >日本では多くが「政治に無関心」とされるZ世代の1票を動かすには何が必要なのか、同世代の記者(22)が県内の大学生と会って考えた。 

 

 '日本人は政治にそれほど関心がないのに政府に依存し、国からの発言を待っている。'  (ウスビ・サコ)   

 

> 「勉強していないと、発言や投票をしてはいけないように感じています」と千葉大4年の張葉月さん(23)。 >話しぶりは控えめだ。 >政治思想史を学んでおり、本来関心はあるはずだが、「『意識高い』とは思われたくない」。 >政治の話題はSNSでは一切発信せず、友達と語り合うことも少ない。 

 

世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその内容を自分自身で埋めて行く。自己の 'あるべき姿' (things as they should be) もこの中にある。来るべき世界の内容を語ることは、時代を先取りすることである。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実 (things as they are) の内容を批判 (縦並びの比較) すれば、批判精神 (critical thinking) の持ち主になれる。批判精神のない人の文章は、ただ現実の内容の垂れ流しになる。全ての事柄は他人事になる。これは子供のようなものである。日本人も英米人も子供の時には非現実 (考え) の内容というものがない。だから ‘話を告げる’ (to tell a story) ということは、’作り話をする’ とか ‘嘘を吐く’ という風に受け取られて悪い子供とされている。この判定がわが国では一生涯続く。

日本語の文法には時制がない。だから、日本人には世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。残念ながらマッカーサ元帥の '日本人12歳説' を否定できる人はいない。  

意見は比較の問題である。現実の内容と非現実の内容があれば批判精神が発揮できる。英米人の意見はこれである。これは縦並びの比較ということができる。建設的である。進歩が期待できる。希望が持てる。現実の内容だけであれば、その比較は '現実' 対 '現実' の上下判断 (横並びの比較) になり、'どっちもどっちだ' がある。無力感に苛まれる。この種の比較は復讐に復讐を重ねる民族同士の争いの原動力にもなっていて進歩が期待できない。

非現実の内容は人様々である。非現実の内容がなければあるのは現実だけで、その正解は一つである。日本人がともすれば異口同音の内容を語るのはこのためである。    

わが国のマスコミも現実の内容をただ垂れ流す。個人の価値判断が抜け落ちている。現実の正解はただ一つであるから、どんぐりの背比べで個性がない。それで、日本人は個人主義が何であるかを理解することが難しい。本人にも相手にも何を考えているのかわからない。だから、誰からも信頼されない。世界観に基づく協力者が得られないので社会に貢献する度合いが限られる。  

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)   

 

> 《記者もよくわかる。 >学生時代の仲間とは今も政治や社会問題は話しづらい。 >「意識高い」とは褒め言葉ではなく揶揄(やゆ)する言葉だ。 >仲間から最も思われたくないことでもある》   

 

‘あるべき姿’ の内容を持たない人は、つかみどころのない人である。無哲学・能天気の人間である。      

‘私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者となり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない’  (あるアメリカの国務長官)    

各人に哲学は必要である。 Everyone needs a philosophy.    

 

> 同大2年の下津礼志さん(19)は「身近にコンテンツがあふれていて、わざわざ政治に興味を抱かない」と話した。 >ネットでは、検索すれば多くの情報が見つかる。 >しかし、主体的に情報を取りにいく習慣があまりなく、スマホ画面に自動的に表示されるニュースを見ることが多いという。  

 

日本人には意思 (will) がない。意思は英語の未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there's a will, there's a way. 日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。優柔不断・意志薄弱に見える。能動がなくて受動ばかりの生活を送っている。だから戦時中は、玉砕するまで戦い抜いた日本兵であった。困った時には '他力本願・神頼み' になる。生きる力 (vitality) が不足している。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)

どうやら '指示待ち人間' ができあがったようですね。   

 

> 学生の意見はなかなか表に出てこない。>同大大学院1年の生野克海さん(22)は、大学1年で読んだ米政治哲学者マイケル・サンデル氏の著作「これからの『正義』の話をしよう」に感銘を受け、「弱肉強食」の新自由主義や能力主義に疑問を抱くようになった。 > それでも、「意識高い」と見られることには抵抗がある。 >自らの意見は、SNSで発信はせず、仲のいい友人1人と話す程度だ。  

 

現実 (事実) は見ればわかる。現実の正解は一つしかない。非現実 (考え) の内容は文章になる。文章にならないものは考えではない。

矛盾を含まない文章は、全て正しい考えを表している。考えは、一人一人違っている。だから、正解は無数にある。体系的な考えは哲学になる。

大学などの高等教育機関で勉学に励めば学士・修士・博士などの称号が得られる。博士は普通 '哲学博士' (Doctor of Philosophy: Ph. D.) と呼ばれる。

私は日本のインテリから ‘哲学とは何ですか’ と何度も聞かれた。外国人からは、このような質問を受けたことはない。日本人は大学で、自己の哲学を作ることを学んでこなかった。だから大学在学中の4年間を遊んで暮らさなければならなかった。       

政治に関する考えは政治哲学になる。宗教に関する考えは宗教哲学になる。科学に関する考えは科学哲学になる。人生に関する考えは人生哲学になる。などなど。  

我が国の政治家には政治哲学がなく、わが国の宗教家には宗教哲学がない。わが国の科学者には科学哲学がなく、わが国の著述家には人生哲学がない。などなど。   

TBSブリタニカとブリタニカ国際大百科事典を作ったフランク・ギブニー氏は、自著 <人は城、人は石垣> の中で、我が国の作家について次の様な感想を述べています。

孤立は日本式スタイルを誇る詩人、随筆家はいうに及ばず、小説家において最も顕著である。これは外国人にとっては判断をはばかられる主観的な領域である。しかし文学界で最も尊重される文章が意味を省略し、あいまいさに富み、漢字をうまく使って読ませ、文法分析家を意気揚々と悩ます一種の「気分の流れ」であることは一般に真実である (私の思考パターンは取り返しのつかぬほど西洋的なので、私は自分がスラスラ読めるような日本語の散文は深刻なまでに文学的優雅さに欠けているにちがいない、という大ざっぱなルールをとっている)。(引用終り)

我が国には人手不足の話はあるが、頭脳不足の話はない。わが国は、無哲学・能天気の国である。だから、国民は歌詠みになる。

 

> 《学業、サークル活動、飲み会。 >コロナ禍でキャンパスライフが吹き飛んだのも今の大学生の特徴だ。 >縁遠いと感じてきた政治に何も思わなかったのか》 > 今回初めて投票するつもりだという学生もいた。 > 淑徳大4年生の中村翼さん(21)。

>コロナ禍での対面授業の制限、それでも減額されない授業料。 >疑問を募らせていたところに、インターネット上で好きな俳優らが投票を呼びかけた動画に背中を押された。 > 「今まで政治に不平不満は全然なかったけれど、コロナで考えが変わった」。 >ただ、投票する上で戸惑いもある。 >「正直、政党の色や候補者の考えをあまり理解できていない」 

 

日本人にとって政治の内容は難しいですね。   

フランク・ギブニー氏の著書 <人は城、人は石垣> には、以下のような指摘があります。

日本語は英語のように、キチンとしたアリストテレス的文法に閉じこめられていない。言語として、日本語は「いま、ここ」に根ざしている。判断より気分に興味をもつ。意味より感受性に関心がある。英語を使うのは絶えず理論的な価値判断を行なう言語を使っていることであり、英語が価値判断を行わせる。一方、日本語は論理的、法的ないし哲学的判断を敬遠する。たとえば、日本語には “to be” に当る適当な動詞がない。”being” とか “reality” のような概念は明治時代、漢字から人工的につくらねばならなかった。「概念」 (concept) でさえ人工的につくらねばならなかった。

他方、日本語は純粋に具体的なことがらの区別では豊かである。数え方を例にとってみよう。単複の区別では弱いが、具体的物体の種類の数を表現するのに、アングロ・サクソンの詩人にとっても想像を絶した多数の言葉を持っている。たとえば動物は「二匹」で、鳥は「二羽」、銃は「二挺」、飲物は「二杯」、石は「二個」、箱は「ふた箱」、葉巻は「二本」など。 (引用終り) 

 

> 《Z世代はバブル後の「失われた30年」の中を生きてきた。 >右肩上がりを知らない。 >そのためか、記者の友人もインフラ系企業の正社員など「安定志向」が多かった》 > 淑徳大3年生の森川静穂子さん(21)は小学6年生だった2012年、安倍晋三氏が首相に返り咲いた。 >「政治といえば安倍政権が当たり前だった」。 >「ヤジばかりだった」という野党には、SNS上で過剰に批判している人たちと同様、「攻撃的」と距離を置く。 > 大学3、4年生は、就職の悩みに直面する時でもある。 >学生優位の「売り手市場」が続いた安倍政権への不満はなさそうだった。 > 経済成長を掲げたアベノミクス政策を多くが漠然と支持しており、同大3年生の斎藤輝(ひかる)さん(21)は「安定感がある自民党を信頼している」と話した。

 

何事につけお変わりのないことが何よりなことですね。日本人には未来の内容は想定外になっているからでしょう。日本人の未来は一寸先が闇である。         

 

> 《Z世代の共感を生んだ政治家はいないのか》 > 同大4年生の岸優斗さん(22)は、「投票に行ったのは(アイドルグループの)AKB48の総選挙くらい」。>「たかが自分の1票ではなにも変わらない」と淡々と語った。> ただ、親がファンで見ていたという野党党首のインターネット上での演説動画を自分も見たときは、「頑張ってほしいなとは思った」。 >熱弁に少し心を動かされたという。

 

政治哲学よりアクションの方が分かりやすいですね。   

 

>(上保晃平)

>     ◇

> 千葉大の関谷昇教授(政治思想史)の話  >若者が政治に無関心というのは事実誤認だ。 >仲間内で浮きたくないと、考えを表に出して共有しづらい状況にある。 

 

日本人にとっては自己の考え (非現実) を言い出すのは恥ずかしいことですね。この時に自分が一人になるからです。  

 

>若者が望む生き方は多様化している。>ただ、インターネットやテレビから得た断片的な情報を「自分事」として消化できていない面もあるのではないか。 

 

日本人には意思がない。だから、万事が受け身の暮らしになる。受け身の暮らしは自分事にならない。   

 

>イデオロギー的な話ではなく、若者が自分事として捉えられるような生活目線の言葉なら届くはずだ。

 

日本人には世界観がない。来るべき世界の内容 (非現実) は想定外となっている。   

 

> 淑徳大の矢尾板俊平教授(総合政策論・投票行動)の話  >若者の投票率を上げるには(1)若者向けの政策(2)気軽に政治の話や投票ができる雰囲気づくり――が重要で、教育現場などでの政治参加体験の積み重ねも必要だ。 

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。  

 

>ボランティア活動や募金活動に参加するなど、若者の社会参加意欲はむしろ高い。 >若者が投票しやすい環境をつくる責任は大人の側にある。  

 

政治家には未来社会の内容を先取りする感覚が必要ですね。既成事実の追認と他人・他国の後追いばかりしていてはこの国の立つ瀬がない。   

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

 

 

 

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閲覧数36 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/10/24 10:15
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