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2021年12月21日(火) 

 

 

>長州正論 櫻井よしこ氏詳報「日本は自立性高めよ」 > 2021/12/20 17:39

 (略)

>山口県下関市の市生涯学習プラザで18日に開かれた長州「正論」懇話会の第39回講演会では、ジャーナリストの櫻井よしこ氏が「今、日本が直面する内外の課題」と題して講演。 >世界を二分する米中関係に触れ「価値観を巡る対立が進行している。 >日本は自立性を高めなければならない」などと訴えた。

>講演の主な内容は次の通り。

>◇

>中国は今、大変な勢いで膨張している。>これまではアメリカが一強の時代を築いてきが、中国がじわじわ追いつきつつある。 >習近平国家主席は2017年の中国共産党第19回党大会で、中国が世界諸民族の中でそびえたつ存在となり、全人類を中国共産党イデオロギーの枠の中に収める世界をつくる、との考えを述べた。 >私はそのような世界は好まない。 >断固拒否する。

 

私も同じ考えです。

中国は中原 (ちゅうげん) に鹿を逐 (お) う伝統的な覇者の国である。だから、覇者の物語 '三国志' は、中国人の愛読書となっている。覇者は周辺諸国に覇権を打ち立てようとして傍若無人のふるまいをし、多大な迷惑をかけている。これは皇帝の時代も国家主席の時代も漢民族のメンタリティが同じであるから変わらない。漢民族は、自分たちの考えを示すために漢字を作った。しかし、彼らは外国人の考えを示すための漢字は作らなかった。だから、外国人に対して自己の内容を発信はできるが、外国人からの内容を受信することは難しい。独断専行に陥りやすい。印欧語族のインド哲学を経文 (漢文) に表すことが至難の業であることがわかる。漢文の書物をいくら読んでも外国人の考えは出てこない。だから、中華思想を堅持し自己中心的にならざるを得ない。周辺諸国を中国化することに専心してやまない。中国人が外国人の影響を受けて発想の転換 (paradigm shift) をすることは期待薄である。

・・・・・

中華 (ちゅうか)  [外国との交渉が少なかった時代に] 自国を、世界の中心にある、一番優れた国とみなしたこと。[狭義では、漢民族のそれを指し、またその呼称としても用いられる]    東夷 (とうい)  [東方の野蛮人の意] 昔、中国から見た東方諸国の称。[広義では朝鮮・沖縄を含み、狭義では日本を指した]     南蛮 (なんばん)  [南方の野蛮人の意] 昔、中国で、インドシナなど南海地方の諸民族の称。 西戎 (せいじゅう)  [西方の野蛮人の意] 昔、中国で、チベット族やトルコ族など西方の異民族の称。北てき (ほくてき)  [北方の野蛮人の意] 昔、中国で、匈奴 (きょうど)・韃靼 (だったん) などの遊牧民族の称。   

 

>日本が今、中国の支配下に入っていないのは、日米同盟があるからといって過言ではない。 >しかし、その米国は、揺れ、後退している。 >アフガニスタン駐留米軍の撤退は、米国がもはや絶対的な強国ではない姿をさらした。 

 

各民族のメンタリティの違いを武力で補うことは難しいですね。   

 

>また、核戦力などの増強を進め、ロシアとの連携も強める中国と経済的、軍事的に向き合うため、二正面作戦はできないとして、中東から手を引くとの姿勢も見せた。 >中国はそのようなバイデン政権の足下を見て、強い姿勢に出ている。 >これに対し米国も、民主主義サミットを主宰するなどしたが、はっきりとした成果は挙げられていない。 >米国と特別な関係を築いているイスラエルですら、中国に保険をかけるような動きがあるという。 

 

民主主義の危機ですね。   

 

>× × ×

>そんな中、日本はどうするのか。 >他人ごとでなく考えななければならない。

 

そうですね。でも、日本人が考えると他人事になる。   

言語は伝達の手段であるばかりでなく、思考の重要な手段でもあります。ですから我々の考えの疎かな所は日本語のせいであることもあります。   

非現実 (考え) の内容は、英語の時制のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。その内容は世界観と言われている。これらの三世界は時制により構文が異なるので、同次元で語ることができない。それで独立した三世界になっている。この規則を the sequence of tenses (時制の一致) と呼ぶ。日本人の初学者が英論文を書くときに難渋する規則である。 

世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその内容を自分自身で埋めて行く。自己の 'あるべき姿' (things as they should be) もこの中にある。来るべき世界の内容を語ることは、時代を先取りすることである。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実 (things as they are) の内容を批判 (縦並びの比較) すれば、批判精神 (critical thinking) の持ち主になれる。批判精神のない人の文章は、ただ現実の内容の垂れ流しになる。全ての事柄は他人事になる。これは子供のようなものである。日本人も英米人も子供の時には非現実 (考え) の内容というものがない。だから ‘話を告げる’ (to tell a story) ということは、’作り話をする’ とか ‘嘘を吐く’ という風に受け取られて悪い子供とされている。この判定だけがわが国では一生涯続く。

日本語の文法には時制がない。だから、日本人には世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。残念ながらマッカーサ元帥の '日本人12歳説' を否定できる人はいない。  

意見は比較の問題である。現実の内容と非現実の内容があれば批判精神が発揮できる。英米人の意見はこれである。これは縦並びの比較ということができる。建設的である。進歩が期待できる。希望が持てる。現実の内容だけであれば、その比較は '現実' 対 '現実' の上下判断 (横並びの比較) になり、'どっちもどっちだ' がある。無力感に苛まれる。この種の比較は復讐に復讐を重ねる民族同士の争いの原動力にもなっていて進歩が期待できない。

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)      

 

>例えばウイグル人への弾圧について、世界各国が、人権問題として、中国政府を非難している。 >しかし、日本はいまだに非難決議ができていない。 >そもそも、現状の決議案は中国の国名すら書き込んでいない。 >それさえも、今国会で見送るとの報道があった。

 

そうでしょうね。日本人には意思がない。    

日本人には意思 (will) がない。意思は英語の未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there's a will, there's a way. 日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。おとなしい。優柔不断・意志薄弱に見える。能動がなくて受動ばかりの生活を送っている。だから戦時中は、玉砕するまで戦い抜いた日本兵であった。困った時には '他力本願・神頼み' になる。生きる力 (vitality) が不足している。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)

どうやら '指示待ち人間' ができあがったようですね。   

 

>来年2月に開幕する北京冬季五輪への外交的ボイコットについても、岸田文雄政権は「総合的に考え、タイミングを計っている」とのスタンスだ。 >一体何を考え、いつ決めるというのか。

 

彼は無哲学・能天気ですね。政治家には政治哲学が必要です。

現実 (事実) は見ればわかる。現実の正解は一つしかない。非現実 (考え) の内容はみることができない。だが文章になる。文章にならないものは考えではない。

矛盾を含まない文章は、全て正しい考えを表している。考えは、一人一人違っている。だから、正解は無数にある。体系的な考えは哲学になる。各人に哲学は必要である。 Everyone needs a philosophy.  そうでなければ我々は、つかみどころのない人間になる。   

大学などの高等教育機関で勉学に励めば学士・修士・博士などの称号が得られる。博士は普通 '哲学博士' (Doctor of Philosophy: Ph. D.) と呼ばれる。

私は日本のインテリから ‘哲学とは何ですか’ と何度も聞かれた。外国人からは、このような質問を受けたことはない。日本人は大学で、自己の哲学を作ることを学んでこなかった。だから彼らは退屈男・退屈女となって大学在学中の4年間を遊んで暮らさなければならなかった。       

政治に関する考えは政治哲学になる。宗教に関する考えは宗教哲学になる。科学に関する考えは科学哲学になる。人生に関する考えは人生哲学になる。などなど。  

我が国の政治家には政治哲学がなく、わが国の宗教家には宗教哲学がない。わが国の科学者には科学哲学がなく、わが国の著述家には人生哲学がない。などなど。   

‘私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者となり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない’  (あるアメリカの国務長官)

TBSブリタニカとブリタニカ国際大百科事典を作ったフランク・ギブニー氏は、自著 <人は城、人は石垣> の中で、我が国の作家について次の様な感想を述べています。

孤立は日本式スタイルを誇る詩人、随筆家はいうに及ばず、小説家において最も顕著である。これは外国人にとっては判断をはばかられる主観的な領域である。しかし文学界で最も尊重される文章が意味を省略し、あいまいさに富み、漢字をうまく使って読ませ、文法分析家を意気揚々と悩ます一種の「気分の流れ」であることは一般に真実である (私の思考パターンは取り返しのつかぬほど西洋的なので、私は自分がスラスラ読めるような日本語の散文は深刻なまでに文学的優雅さに欠けているにちがいない、という大ざっぱなルールをとっている)。(引用終り)

我が国には人手不足の話はあるが、頭脳不足の話はない。わが国は、無哲学・能天気の国である。だから、国民は歌詠みになる。      

 

>× × ×

>岸田首相や林芳正外相は宏池会(岸田派)の政治家だ。 >「保守本流」の派閥とされる宏池会は、これまでどのような首相を生み出してきたか。 >創設者の池田勇人氏は所得倍増を実現したが、憲法論議は避けた。 >鈴木善幸氏も、日米首脳会談の直後、日米同盟に軍事的意味合いは含まないとの見解を示すなど軍事を忌避していた。 >宮沢喜一氏も、訪韓直前の朝日新聞による「慰安婦強制連行に軍関与」との報道を受け、事実確認をしないまま、盧泰愚元大統領との会談で公式に謝罪した。 >そんな宮沢氏がかわいがった政治家が、日本が米中と等距離で付き合う「日米中正三角形論」を唱えた親中派の加藤紘一氏や、悪名高い官房長官談話を出した河野洋平氏らだ。 >歴史問題にせよ、憲法改正にせよ、私たちの誇りを否定してきたのが宏池会ではないか。

 

各人に哲学は必要です。Everyone needs a philosophy.   

 

>× × ×

>日本国に生まれ、自分は何ができるのか。 >能力を精いっぱい生かして誠を積み上げた果てに何かがなされる。 >それは必ず、自分だけでなく、地域社会、ひいては国のためになる。 >このように、自分自身が生を受けて、育てていただいて、何かの役に立ちたいという誠の心こそ、保守の神髄だ。 >保守本流を掲げるのなら、どんな形でもいいから人のため、国のために働くべきではないか。

 

そうですね。だが日本人には意思がない。意思の無い人間には責任 (西洋流の責任) もない。どんなにあがいても、意思ある人間の責任には行き着かない。だから、日本人の社会は狼狽する。昔からそうであった。      

肥田喜左衛門の著した <下田の歴史と史跡> には、責任に関する下のような事柄が記されています。

徳川5代将軍の治世、佐土原藩の御手船・日向丸は、江戸城西本丸の普請用として献上の栂 (つが) 材を積んで江戸に向かった。遠州灘で台風のため遭難、家臣の宰領達は自ら責を負って船と船員達を助けようと決意し、やむをえず御用材を海に投げ捨て、危うく船は転覆を免れ、下田港に漂着した。島津家の宰領河越太兵衛、河越久兵衛、成田小左衛は荷打ちの責を負い切腹する。これを知って船頭の権三郎も追腹を切り、ついで乗員の一同も、生きて帰るわけにはいかないと全員腹をかき切って果てた。この中には僅か15歳の見習い乗子も加わっている。鮮血に染まった真紅の遺体がつぎつぎに陸揚げされたときは、町の人々も顔色を失ったという。16人の遺体は、下田奉行所によって大安寺裏山で火葬され、同寺に手厚く葬られた。遺族の人たちにはこの切腹に免じて咎めはなかったが、切腹した乗組員の死後の帰葬は許されなかった。(引用終り)    

 

>世界で今、進行していることは価値観の戦いだ。>日本一国の強さでなく、価値観を同じくする国々の強さを結集して、中国やロシアといった「異形の大国」への抑止力を構築しなければならない。

 

そうですね。我々は今こそ力を合わせなくてはならない。      

 

>そんな中で平和を念じるなら、まずは守るだけの力を持たなければならない。 >岸田氏らは、言葉だけで説得できることはあり得ないことを認識すべきだ。

 

そうですね。日本人には説得力がない。    

日下公人氏は、<よく考えてみると、日本の未来はこうなります。> の中で、日本人に関するW.チャーチルの感想を以下のごとく紹介しています。

日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。しかし、これでは困る。反論する相手をねじ伏せてこそ政治家としての点数があがるのに、それができない。

 それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は、今まで以上の要求をしろと言う。無理を承知で要求してみると、今度は笑みを浮かべていた日本人が全く別人の顔になって、「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことを言うとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては、刺し違えるしかない」と言って突っかかってくる。

 英国はその後マレー半島沖で戦艦プリンスオブウェールズとレパルスを日本軍に撃沈され、シンガポールを失った。日本にこれほどの力があったなら、もっと早く発言して欲しかった。日本人は外交を知らない。(引用終り)    

 

>アメリカに頼らなければ生きていけないという日本の情けない状況に気付き、変えようとしなければならない。 >自立性を高めなければならない。

 

そうですね。    

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。 

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

我が国の ‘漢字かな’ は世界中何処の国に行っても通用しない。特にローマ字 (alphabet) の代わりに仮名を使用することには害毒がある。仮名漢字表記による学習で自分は世界に通じていると思い込む。だが、これは事実ではない。勝手な解釈により世界に関する独りよがりの解釈は避けられない。私は宿泊先のアメリカ人の名前は知っている。しかし、その綴り方は分からない。つづり字を考えることのない日本人の記憶方法だからである。このような文盲に近い体験の仕方では外国人との文通もできない。地図を見て探すことも難しい。かな書き英語が我が国民の国際化を果てしなく遠ざけているということができる。  

国語の勉強は読み書きの練習である。ところが、日本語のかな漢字表記は難しい。特に漢字の字形と音訓の習得に月日を費やし、目的の勉学の成果が遅れている。とりわけ漢字圏以外の国から来た外国人には日本語の漢字は難しい。日本語をローマ字表記にすれば彼らもたちどころに日本語を読めるようになる。読み書きが自由になると一人前の大人として活躍できる。筆記試験でも真の実力が発揮できる。外国人の能力に関してより公平な評価をする社会が我が国内に実現する。ぜひローマ字表記を法制化してもらいたい。

 

>国柄をもとにした力を生み出し、誇りを取り戻し、自由主義陣営にとって役に立つ世界を引っ張っていける国になってもらいたい。   

 

自己の哲学を持ち、自信のある人間になってもらいたい。意思の無い人間であっては指導力を発揮することはできません。     

 

 

 

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閲覧数85 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/12/21 03:57
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