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2022年11月16日(水) 

>『日本の曖昧力』 ~ 融合する文化が世界を動かす ~    >(PHP 新書)   

>著者 : 呉 善花(おそんふぁ) 1956 年生、韓国済州島生、大東文化大・東京外語大院;北米地域研究   

>著書 : 「蝦夷の韓国 開国の日本」「日本語の心」「韓国人から見た北朝鮮」 ほか   

>冒頭 : 日本人は「物事をはっきり云わない」「自主性がない」などと非難されることが多い。   

 

そうですね。   

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。 

 

>韓国出身の比較文化学者の著者は、『むしろ曖昧だからこそ、日本は世界有数の豊かな国になれた』と判断した。   

>これからは世界全体で、調和がとれた人間関係・環境への順応性を生み出す「曖昧力」が必要な時代。   

 

これからは国際的な話し合いが必要な時代です。議論が出来ないといけない。曖昧な態度でいては挫折するでしょうね。   

 

>◆外から見た日本文化   

>国際社会では、自分たちの文化を説いて、認識してもらえることが重要である。   

>日本で通用する感覚・観点をそのまま世界に持出すのは無理がある。   

 

そうですね。   

 

> 世界的な視野で日本文化を大枠で理解する日本人は少ない。   

>日本人は、問題点・悪い面ばかり気にして、恥を感じても、誇らしく感じる機会は極稀である。   

 

そうですね。日本人は極めて窮屈な生活をしていますね。     

 

>責任をはっきりさせない、結論がない、自己主張がない・・・・ これらを欠点と感じている日本人がとても多い。   

 

そうですね。意思がない。責任がない。世界観がない。批判精神がない。自己主張がない。などなど これらは我々日本人の欠点ですね。    

 

>しかし、日本の曖昧さが、今の世界が陥っている限界を切り開き、世界を動かす起動力として期待されている。   

 

それは初耳ですね。  

 

> 食事に誘い「何を食べますか?」:「何でもいい」、商談の場で「この条件でどうですか?」:「考えさせて下さい」と答える。   

 

日本人には意思がない。だから、意思決定の必要な場合には戸惑いをみせる。   

 

>日本人同士だと、直接言葉や態度に出ない相手の心の内を察し、時・場所・状況に照らして相互理解ができる。    

 

それは忖度 (推察) によるものですね。忖度の内容は聞き手の勝手な解釈によるものですから責任を持つ人がいないですね。       

 

>そのような、曖昧さを察し合う、コミュニケーション文化が日本社会にある。   

 

そうですね。ありますね。   

 

>◎ 日本人に特有な曖昧さが、人と人との親和で平穏な関係を生み出す    

>他の国にはみられない大きな利点で、これからの調和と融合をめざす国際社会では、『曖昧力』の働きが大きな役割を果たす。    

 

そういったこともあるでしょうね。しかし、政治では危険極まりないですね。イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で、以下のように述べています。   

日本人は全員一致して同一行動がとれるように、千数百年にわたって訓練されている。従って、独裁者は必要でない。よく言われることだが、明治というあの大変革・大躍進の時代にも、一人のナポレオンもレーニンも毛沢東も必要でなかった。戦後の復興も同じである。戦後の復興はだれが立案し指導したのか。ある罷免された大使が、ドゴール、毛沢東、ネールの名はだれでも知っているが、吉田茂などという名は特別な知日家を除けばだれも知らないと言っているが、これは事実である。(引用終り)  

 

>◎ 曖昧力は環境への適応性も生み出す    

>『西洋的な自己』(アイデンティティを確定した個)でなく、『日本的な自己』:(曖昧な個)は、変化する環境で生き抜くのに最も相応しい姿を目指すものだと考える。   

 

そうですね。自然界のアニマルがその手本ですね。    

 

>グローバル化が浸透する国際社会では、曖昧な日本人の環境への適応力は非常に大切になる。

 

そうですね。日本人は様子見が発達していますからね。だが、国際社会の指導者にはなれませんね。       

 

>◎ 曖昧さは品格の問題に繫がる    

>得意げの自慢、「いかにもそうだ」の見せ方、そのものズバリの表現は、はしたないと嫌われ、なにげない素振り、それとない装い、遠回しの言い方が、品格があって好ましいと感じられる。   

 

そうですね。奥ゆかしいですね。奥が深くて慕わしい。全ては気分・雰囲気の問題ですね。       

 

>◎ 曖昧力は、美意識や美学にも通じる    

>室町中期の茶人:村田珠光(「わび茶」の創始者)は、「月も雲間のなきは嫌にて侯」(『禅鳳雑談』)といった。   

>満月の煌々と輝く月より、雲で見え隠れする月が好き。    

>日本人にしかない「わび・さび」の美意識は、日立った飾りを排し、清楚で簡素な古びた趣を愛す。   

>「幽玄」は、隠され秘した姿・形から深い感動を覚える。   

>「いき」は、派手な柄を嫌い、一見無地とも見える細かい紋様を一面に染めた小紋を好む。   

>日本では目に鮮やかな原色より、微妙な表現を持つ水墨画や、しつとり沈んだ中間色が好まれる。

 

そうですね。霞んでいるのが良いようですね。大気中の水蒸気の量に関係があるのかな。        

 

>「四十八茶百鼠」茶色:80、鼠色:70種類の色。    

>中間色も微細なゆらぎを湛えた色の曖昧な世界が豊かに広がる。   

>姿・形は、完全な均衡や左右対称を嫌い、わずかに壊した動きある状態を好む。   

>正形・正統性に対して軽妙な崩しをする。   

>空間を飾りで埋め尽くさずに、空白・余白を残す。    

>規則的でない、不定で流動的な動き、遊びやゆとりのある動きを好む、曖昧さの美学がここにある。   

>そして対立とは正反対の融和する文化の姿を感じ取ることがでる。   

>自然科学や情報科学の面でも、曖昧さ、ゆらぎ、ファジイ、多義性の探求は、先端テーマである。   

>日本文化はその曖昧さゆえに調和・融和の圧力が働く。   

>日本文化は対立に飽きた世界を根本から変え得るパワーであり、『曖昧力』を豊かに湛えた文化といえる。  

 

馴れ合いの文化ですね。   

 

>◆ 日本語独特の表現 「泥棒に入られた」 (迷惑受身)    

>温泉に行きたいと、『何処どこの温泉はいいらしいね』 と云う。    

>西洋人は、曖昧な表現にイライラする。   

 

高文脈文化と低文脈文化の違いによる禍ですね。    

[高文脈文化と低文脈文化の比較の例]

《高文脈文化》の特徴:  言葉以外に状況や文脈も情報を伝達する。重要な情報でも言葉に表現されないことがある。/ 曖昧な言語 / 一般的な共通認識に基づく / 双方の合意に基づいた契約でも状況によって柔軟に変更される。/ 感情的に意思決定される/沈黙は不快ではない /

《低文脈文化》の特徴: 伝達される情報は言葉の中で全て提示される。/ 正確性が必要とされる言語  / 言語に基づく / 双方の合意に基づいた契約の変更は容易ではない。/ 論理的に意思決定される / 沈黙はコミュニケーションの途絶として不快 /

出典: フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia)』

 

>相手の日本人は、『なんで私の気持ちを察してくれない……』 と、ストレスがたまってしまう。   

 

忖度 (推察) は他力本願・神頼みの方策ですね。   

‘天は自ら助くる者を助く’ とゆきたいものですね。   

 

>英語と日本語の成り立ちを比較・研究した。   

>互いの意見をぶつけて議論する「ディベート」を、日本語で行うには無理があることに気づいた。    

 

日本人は思考を停止していますからね。自己の内容をお互いに見せ合って議論することはできませんね。   

 

 

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閲覧数18 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2022/11/16 20:25
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