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2023年01月24日(火) 

 

>日本の雇用の流動化とは「お花畑理論」でしか無い明白な理由   >2019年9月12日   

>雇用の流動化、というお花畑理論   

>経済学者だか何だか知りませんが、解雇を自由化することによって、日本の雇用は流動化し、ブラック企業は淘汰され無くなる、などという、お花畑な理論を述べている「学者」や「識者」がいますが、私は冗談もホドホドにしてください、と言いたいですね。   

>確かに解雇を自由化することによって、労働力の流動性は高まるでしょう。   

>それは否定しません。   

>しかし、そのためには当然、働く者が守られるべき権利、例えばサービス残業、ブラック企業、それらの企業に対する罰則及び行政の監視及、強制力を持った指導、それらが健全に機能していることが大前提として必要なのではないでしょうか。   

>これは実際に私の大身の回りで生じたことなのですが、不当な退職干渉を行い、かつ最後の1ヵ月間の給料未払いであったにもかかわらず、その未払い分給料がー半年もの遅延後に支払われました。   

>しかし、その企業に対して何ら社会的罰則が与えられなかったと言う事例を私は実際に知っています。   

>これは現在のお粗末極まりない良い労働環境を如実に表す実例です。   

>つまり、それらの「現在の雇用そもそもの大前提」を全く見ず、「雇用の流動化=解雇の事由化 をすればブラック企業、サービス残業はなくなる」と言っているのは、頭の中にお花畑が一面に咲き誇っているレベルで、オメデたく、救いがたい理論です。   

>そもそもの雇用の大前提が異なる   

>確かに欧米では不雇用の流動化が進んでいることは認めましょう。   

>しかし、それらの国では日本のようなサービス残業やブラック企業が存在した場合、それは企業の経営が傾くレベルでの民事訴訟のペナルティを受ける大前提があります。   

>懲罰的賠償という制度です。   

 

懲罰的賠償は我々日本人の学ぶべき制度ですね。   

 

>これに対し日本の裁判制度では、多くの場合、保証される金額とは損害を受けた実費に過ぎません。   

>日本ではブラック企業で健康を害すレベルの過労を伴うサービス残業をさせた場合の裁判においてすら、そこで支払われる金額は、単に損害を受けた「実費」に過ぎません。

>また、そこで支払われる実費は行政書士なり弁護士を使うと、当然、彼らに対して報酬を払う必要があり、そこで減額されるため、結局、裁判で勝ったとしても、本来であれば当然支払われるべき、本来、得られるべきはずであった収入よりもはるかに少ない金額となってしまいます。   

>つまり現在の日本においての労働政策とは、企業が働く者に対し劣悪な扱いをしたとしても、基本的には実費以外には何も払う必要はなく、問題のある雇用をしてもバレなければ企業丸儲け、という現状があります。   

 

日本の労働政策には人道主義が欠けていますね。    

 

>それはもはや、良い、悪い、以前の問題で、法治国家として先進国と名乗っていることすら恥ずべき事態として取り上げられるべき深刻な問題です。    

>特に、それと流れを全く同じにする外国人「研修生」に対する劣悪極まりない労働環境の問題などもあります。   

 

日本人には現実 (事実) があって、非現実 (考え) がない。だから、処世術 (損得勘定) があって、哲学 (あるべき姿の内容) がない。日本人は根本的な問題を解決できない国民である。   

 

>それらの根本的な問題を差し置いて、一体何が雇用の流動でしょうか。   

 

そうですね。   

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。 

 

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

 

 我が国の ‘漢字かな’ は世界中何処の国に行っても通用しない。特にローマ字 (alphabet) の代わりに仮名を使用することには害毒がある。仮名漢字表記による学習で自分は世界に通じていると思い込む。だが、これは事実ではない。勝手な解釈により世界に関する独りよがりの解釈は避けられない。私は宿泊先のアメリカ人の名前は知っている。しかし、その綴り方は分からない。つづり字を考えることのない日本人の記憶方法だからである。このような文盲に近い体験の仕方では外国人との文通もできない。地図を見て探すことも難しい。かな書き英語が我が国民の国際化を果てしなく遠ざけているということができる。  

 

国語の勉強は読み書きの練習である。ところが、日本語の仮名漢字表記は難しい。特に漢字の字形と音訓の習得に月日を費やし、目的の勉学の成果が遅れている。私の知人に '〇〇健' という名前の人がいる。彼は周りの人から 'タケちゃん' とか、'ケンちゃん' とか呼ばれている。'一体どちらが本当なのか' と私が尋ねると、彼は 'どちらでも良いのですよ' と答える。'でも、戸籍ではどうなっているのか' と尋ねると、'戸籍にはフリガナがありませんから、どう読んでも良いのですよ' という答えであった。これを '日本人の自由' というのであろうか。'あるべき姿' の追及がない。とりわけ漢字圏以外の国から来た外国人には日本語の漢字は難しい。日本語をローマ字表記にすれば彼らもたちどころに日本語を読めるようになる。音読が言語の習得には欠かせない。読み書きが自由になると一人前の大人として活躍できる。筆記試験でも真の実力が発揮できる。外国人の能力に関してより公平な評価をする社会が我が国内に実現する。ぜひローマ字表記を法制化してもらいたい。ローマ字表記を仮名漢字表記と対等な地位にしてもらいたい。日本語をローマ字表記と仮名漢字表記の二刀流表記の国にすると良い。         

 '為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり'  上杉鷹山 (うえすぎ ようざん)      

 

>雇用の流動化を主張する者たちの本音   

>結局、雇用の流動化だとか解雇規制の自由化と言っているのは、一見、働く者の側に立ったように見せかけ、実は財界べったり、もしくは為政者べったり、の意見です。   

>そもそも本来、法律に従って、先進国では当たり前の働く者の権利の当然の法律が守られていない状況で、それを「改善」するため、また何か新しいことをしようとする、それ自体がもはや矛盾だらけと言えるのです。   

 

そうですね。   

 

>いま求められるべきこととは、現在の労働基準法を確実に守らせること、そして労働基準法守らせるために労働基準監督監を増員し、必要であれば彼ら彼女らにノルマを設定し、遵法精神をあらゆる企業に植え付ける事が大前提でしょう。   

>雇用の流動化欺瞞の一例   

>覚えているでしょうか?   

>「家族団らん法案 = ホワイトカラーエグゼンプション=高度プロフェッショナル制度」の別名で法案が作られるようとしたことがあります。   

>名前を変えて問題の根本を覆い隠す、為政者の欺瞞が一番分かりやすい例として、「家族団らん法案」などという欺瞞を振り回したのですが、それと今言われている雇用の流動化は全く同じことです。   

>雇用の流動化と言っているのは、決して働く側の者ではなく、財界の提灯持ちの経済評論家、もしくはブログなどでアフィリエイト狙いの転職サイトを進めるような人々がメディアの御用商人として、そのような意見を述べているのですね。   

>彼らは、一見、合理的な新しい提案のように見せかけて、実は今そこに放置されている問題を全く直視しようとしない、どころかその問題が放置されている原因を「解決する」と称して、さらに働く者を窮地に追いやろうとする者達です。   

>ちなみに、その後、「ホワイトカラーエグゼンプション」とやらの法律で実施されたのですが、現在のところ、ホワイトカラーエグゼンプションはその採用が極めて少ないと言われます。   

>まあ、それはそうでしょう。   

>もし、そのような新しい制度で、まず問題が起これば、その企業は社会から袋叩きになる事は目に見えているのですから。   

>雇用の流動化は為政者への追従のリトマス試験紙である。   

>一見まともそうなことを言っていても、中身は明らかに為政者と財界の提灯持ちでしかないのですから、それらの主張を行うものは、「働く者への敵」としてのリトマス試験紙として使うにはよいのかもしれません。   

>少なくとも私は、そのようなことを言っている時点でもはや読むに値しない議論、一見働くものの側に立ったように見せかけつつ、為政者にすり寄るような意見であると思わざるを得ません。   

 

残念な現状ばかりですね。悔い改めて哲学を学ぼう。   

 

 

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閲覧数16 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2023/01/24 23:11
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