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2023年10月27日(金) 

 

>東京新聞    >「堪忍袋の緒が切れそうに、、、」 東大前死傷被告の男が裁判長の言葉に向けた怒り意見陳述【全文】  >3時間   

> 「裁判長に『自分は秀でているものが本当にないと思っているのか』と問われて、堪忍袋の緒が切れそうになったこともありました」   

> 東京都文京区の東京大前で昨年1月、受験生ら3人を刺したなどとして、殺人未遂などの罪に問われた当時17歳で名古屋市内の高校2年だった男(19)の裁判員裁判。   

>27日の最終意見陳述で男は改めて被害者に謝罪しつつ、「大変ぶしつけではありますが、そうした心持ち(堪忍袋の緒が切れそう)であったことも報告します」と冒頭の告白をした。   

> これまでの公判で、東京大理科三類を目指したものの、成績の低下で進路変更を勧められたことで、自暴自棄になって事件を起こしたと説明した男。   

>裁判長から「(判決前に)言っておきたいことは?」と問われ、数分間にわたって思いをまとめた文書を朗読した。   

>これまでの被告人質問で表情を変えることはほとんどなかったが、涙を流し、声を震わせる場面もあった。   

>◆「大変申し訳なく…」反省の言葉続ける   

>【意見陳述全文】   

>申し上げさせていただきます。   

>改めまして被害者のお三方については、心身共に重大なおけがを負わせたこと、大事な機会、人生を奪ってしまい、本当に申し訳なく、反省しております。   

>ご遺族、ご家族の皆さまに多大な被害を負わせてしまい、大変申し訳なく思っております。   

>お三方以外にも、当日居合わせた方や地下鉄会社の方など、私の愚行により多くの被害を負わせたことを、重ねてお詫び申し上げます。    

>◆「勉強」で感極まり泣き出す   

>今回の事件で人としてやってはいけないことをしました。   

>このようなことを犯した動機が、勉強で自分の存在意義を見いだせなくなり、犯罪行為をして罪悪感を持って切腹するという身勝手なものでした。   

 

没個性的な同次元序列の争いに敗れると日本人は存在価値を失いますね。日本人は序列社会の序列人間ですからね。   

 

>(勉強のことに言及すると、感極まり泣き出す)   

>自分の命も第三者の命も、勉強なんかよりもないがしろしている証拠でありました。   

>勉強に対する考え方が、最も悔い改めなければならないと思います。   

>自分の意思、ヘルプサインを先生や親などに伝えることを、迷惑だと考えて伝えられず、こうした過剰な気配り、周りの評価ばかり気にする臆病さ、目立つ人や能力のある人への嫉妬、頑固さ、など、人としてダメな、クズなというか、そういう性格を変えていかなければならないと思っています。   

 

序列人間のあわれな顛末ですね。    

 

>◆「素直に生きること」   

>今回の裁判で私がこれから生きる上で持つべき心持ちは、犯したことや動機、勉強への考え方、事件を一生反省し、2度とこうならないように努めることです。   

>虚栄心、学歴、勉強といったことで自分を押し殺したり、自分の価値を決めず、あえて一言でいうなら、素直に生きることだと思っています。

 

人間序列を見たら何が何でも勝ちあるものと思い込むメンタリティ(考え方) が間違いの元ですね。これは日本語の呪いのようなものですかね。       

 

>不安や臆病さはまだまだありますし、勉強の副産物である学歴偏重や職業の決め方、それを基にした傲慢さも、払拭しきれたわけではありません。   

>勉強しなければ、皆に否定され、認められないという強迫観念に駆り立てられることもあります。   

 

日本語には階称 (言葉遣い: hierarchy) というものがある。だから日本語を発想する場合には、‘上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断が欠かせない。上下判断 (序列判断) には、通常、勝負の成績が用いられる。近年では偏差値なども都合の良い資料として利用されている。だから難関出身者たちが社会で幅を利かせている。わが国が学歴社会であるというのも、実は序列社会の言い換えに過ぎない。だから、わが国の学歴社会は学問の発展には何ら貢献していないことを知っている必要がある。 順位の比較は没個性的でなくてはならない。だから、序列競争の励みは個性の育成にはならない。    

 

>(両耳を真っ赤にしながら、朗読を続ける。傍聴席の父親は男の方を食い入るように見つめ、聞いている。母親も聞き入っている)

>◆正直に報告すると…   

>裁判の中で、裁判長に「自分は秀でているものが本当にないと思っているのか」と問われて、堪忍袋の緒が切れそうになったこともありました。   

 

没個性の入学試験で序列を争うことの良し悪しを問うことなく、突然個性の話を持ち出されると被告人は戸惑いを隠せませんね。   

 

>大変ぶしつけではありますが、そうした心持ちであったことも正直に報告します。   

 

裁判長の序列社会に関する害毒に無知でありながら、被告人の個性に関する質問をしたことが堪忍袋の緒を切らすことになりましたね。   

 

>(※男が言及したのは、23日の被告人質問での中尾佳久裁判長とのやりとり。   

>強い口調で諭されていた。   

>「勉強以外に秀でたものは本当にないですか?   

>人よりも勝るものを探している気がしませんか?」「今後社会で暮らすときに秀でたものが必要ですか?」「価値観って色々ということも考えてみてくださいね」。   

>男は「はい、精進いたします」と答えていた)   

 

人間序列の害毒の話がないですね。序列社会において勉強以外の事を執拗に尋ねるのは、日本人に外人・非国民になれということに等しいですね。要するに落伍の勧めにしかならないですね。         

 

>これからどういう気持ちで生きようと、被害者や迷惑をかけた方に許されるわけではありません。   

 

雉も鳴かずば撃たれまい。社会の根本原因には到達しませんでしたね。浅薄なやり取りでおわりましたね。   

 

>これらのことを心に留め、どんな処遇や人生であれ、このような心持ちで生きることが、私が今できることで、謝罪に加えできることだと思います。   

 

ボヤのもみ消しのようなものですね。序列社会に根差した根本原因が指摘されていませんね。今回の事件は個性を無視したわが国の教育制度の付けのようなものですね。   

 

幾十にお詫び申し上げます。

 

被告人が泣いて世の中が正常になるものでもない。無知な日本人全員のたたずまい。        

日本人の礼儀作法も、序列作法に基づいている。だから、序列社会の外に出たら序列なきところに礼儀なしになる。礼儀正しい日本人になる為には、世俗的な序列順位を心得ている必要がある。'人を見損なってはいけない' という想いが強迫観念の域に達していて、人々は堅ぐるしい日常生活を送っている。こうした観念は天皇制・家元制度・やくざの一家の構造にまでつながっている。

 

日本人は序列の存在を知れば、それが一も二も無く貴いものであると信ずる共通の序列メンタリティを有している。その程度は序列信仰の域に達している。日本人の尊敬は、序列社会の序列順位の単なる表現に過ぎないため、個人的精神的には意味がない。下々の衆は上々の衆の祟り (仕返し) を恐れて神妙にしている。上々が無哲学・能天気である事については、下々にとって何ら気になることではない。だから、日本人の尊敬には浅薄さが付きまとう。 

 

(弁護士の隣の自席に戻り、座ると眼鏡を取り、ハンカチで顔をぬぐう)

 

◆判決は11月17日

 27日の論告求刑公判で、検察側は懲役7年以上12年以下の不定期刑を求刑し、弁護側は保護処分を求め、結審した。判決は11月17日。   

 

 

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閲覧数36 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2023/10/27 22:08
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