>現代ビジネス >【日本人こそ「日本のこと」を知らない…じつは「日本人は集団主義ではなかった」という意外な事実】 >現代新書編集部の意見 >・12時間 >いま日本はどんな国なのか、私たちはどんな時代を生きているのか。 >日本という国や日本人の謎や難題に迫る新書『日本の死角』が7刷とヒット中、普段本を読まない人も「意外と知らなかった日本の論点・視点」を知るべく、読みはじめている。 >「日本人=集団主義」はほんとうか? >「日本人は、集団の和を何よりも大切にするので、集団と一体化しようとするあまり、自分というものをなくしてしまっているのだ」──。 >これまで、日本人論では「日本人=集団主義」であるということが繰り返し主張されてきた。 >多くの日本人がそう思うかもしれないが、はたしてほんとうだろうか。
日本人には意思が無い。だから自己主張の実現に難渋している。指示待ち人間になっている。労働者も上からの賃上げを心待ちにしている。 経営者と労働者がお互いに自己主張をぶつけ合うことは正しくない態度であると考えられている。日本人として争いは避けねばならない。理屈をこねることが出来ないので議論を避けている。すると民主主義も成り立たなくなる。 自己主張は理屈になるので、理屈が採り上げられることが無いと結果的に ‘集団主義’ になっているのでしょうね。’個人の考えは通らない’ という現象論が通念となっているということでしょうね。 個人の理屈を育てても日本人社会では役立たない。だから ‘なあなあ主義’ で行くしかない。‘なあなあ主義’ とは、真の意味での検討や意見の交換などをせず、お互いに「なあ、いいだろう」ぐらいの話し合いで全てを済ませること。
>じつは集団主義かどうかについては、さまざまな実験がおこなわれている。 >〈「同調行動」の実験では、ひとりで答えれば、まず間違いっこないような簡単な課題に答えてもらう。 >しかし、じっさいには、その課題に、ひとりではなく、ほかの何人もの被験者と一緒に答えてもらう。 >じつは、その「ほかの何人もの被験者」は、みな「サクラ」なのである。 >かれらは、ときどき、全員そろって、あきらかに間違った答えを言う。 >そのとき、ほんとうの被験者はどう答えるか? ──それを観察するのである。 >もし、被験者が皆に合わせて、そのあきらかに間違った答えを言ったとしたら、「集団に同調した」ということになる。 >自分の判断をねじ曲げてでも集団に合わせるという「同調」は、まさしく「集団主義」の核心である。 >この実験は、最初、「世界でいちばん個人主義的」といわれてきたアメリカ人を被験者にしておこなわれた。 >何回、同調をしたか、その割合を示す「同調率」は、37%だった。 >その後、同じ方法で八つの実験がおこなわれたが、「同調率」の平均は25%だった。〉(『日本の死角』より) >それでは、気になる日本人の同調率は何%なのだろうか? >アメリカ人と変わりなかった… >〈ところが、日本人を被験者にして同じ方法でおこなった五つの実験をしらべてみると、「同調率」の平均は25%にすぎなかったのである。 >驚いたことに、アメリカ人と変わりがない。 >日本人は、特別に集団に迎合しやすいというわけではないのである。
日本人は特別に集団の中に埋没していますね。個人は社会の中で立つ瀬がない。自己主張が取り上げられることがないからです。
>日本人をアメリカ人と比較した研究は、こうした同調行動の実験をはじめとして、調査研究も含めると、全部で43件見つかった。 >「常識」に反して、「日本人とアメリカ人のあいだには差がなかった」という研究がいちばん多くて24件。 >「常識」とは逆に、「アメリカ人のほうが集団主義」という研究が、なんと13件もあった。 >「常識」どおり、「日本人のほうが集団主義」という研究は6件しかなかった。〉(『日本の死角』より) >科学的な方法で比較をしてみると、日本人は特に集団主義的ではないということなのである。
そうですね。人を対象として調べるとそういう事になるでしょうね。だが社会現象として見ると違った結果になるでしょうね。傑出した個人の出ない社会ということになる。
>「日本人は集団主義である」となんとなく思い込んでいるのであれば、間違った常識や先入観のもとでものを考えているということである。
「日本人は集団主義である」という通念には間違いがないようですね。個人の行動様式ではなく、日本人社会の現象ですね。日本人社会の中では自分というものを無くして生活をせざるを得ない状態ですね。個人を対象とした同調行動の実験ではつかめない現象でしょうね。 個人の理屈に着眼する習慣のない日本人社会の影響を受けて、わが国の若者は英米流の高等教育に興味を示さなくなっていますね。
(略)
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