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2023年10月31日(火) 

 

 

>現代ビジネス  >【なぜ日本人は「理不尽」を受け入れてしまうのか…学校から「いじめ」がなくならない理由】  >現代新書編集部の意見   >・15時間   

>いま日本はどんな国なのか、私たちはどんな時代を生きているのか。

>日本という国や日本人の謎や難題に迫る新書『日本の死角』が発売たちまち7刷が決まり、普段本を読まない人も「意外と知らなかった日本の論点・視点」を知るべく、読みはじめている。   

>「日本の学校から「いじめ」が絶対なくならないシンプルな理由」という論考でそのテーマを深く掘り下げている。   

>一部を紹介したい。   

>全体主義が浸透した学校の罪と罰   

>学校は「教育」「学校らしさ」「生徒らしさ」という膜に包まれた不思議な世界だ。   

 

日本人は定義に満足しない。定義は言葉 (非現実) であり、現実 (事実) ではない。だから、日本人は常に ‘らしさ’ を求めている。らしさは気分・雰囲気・感情の類である。    

 

>その膜の中では、外の世界では別の意味をもつことが、すべて「教育」という色で染められてしまう。   

 

そうですね。日本人にとって定義は頼むに足らずですね。      

 

>そして、外の世界のまっとうなルールが働かなくなる。   

 

そうですね。日本人は気分・雰囲気・感情に酔いしれて生活していますね。    

 

>こういったことは、学校以外の集団でも起こる。   

>たとえば、宗教教団は「宗教」の膜で包まれた別の世界になっていることが多い。   

>オウム真理教教団(1995年に地下鉄サリン事件を起こした)では、教祖が気にくわない人物を殺すように命令していたが、それは被害者の「魂を高いところに引き上げる慈悲の行い(ポア)」という意味になった。   

>また教祖が周囲の女性を性的にもてあそぶ性欲の発散は、ありがたい「修行(ヨーガ)」の援助だった。   

>また、連合赤軍(暴力革命をめざして強盗や殺人をくりかえし、1972年にあさま山荘で人質をとって銃撃戦を行った)のような革命集団でも、同じかたちの膜の世界がみられる。   

>そこでは、グループ内で目をつけられた人たちが、銭湯に行った、指輪をしていた、女性らしいしぐさをしていたといったことで、「革命戦士らしく」ない、「ブルジョワ的」などといいがかりをつけられた。   

 

日本人はあくまでも自分の気に入った ‘気分・雰囲気・感情’ を求めていますね。無哲学・能天気の人には仕方のないことですね。      

 

>そして彼らは、人間の「共産主義化」「総括」を援助するという名目でリンチを加えられ、次々と殺害された。   

>学校も、オウム教団も、連合赤軍も、それぞれ「教育」「宗教」「共産主義」という膜で包み込んで、内側しか見えない閉じた世界をつくっている。   

 

そうですね。歌詠みの世界ですね。気分・雰囲気・感情では議論にならない。議論下手が伝統ですね。      

 

>そして外部のまっとうなルールが働かなくなる。   

>よく見てみると、この三つが同じかたちをしているのがわかる。   

 

そうですね。どれもこれも論理の通じない形になっていますね。   

 

>このようにさまざまな社会現象から、学校と共通のかたちを取り上げて説明するとわかりやすい。   

>あたりまえすぎて見えないものは、同じかたちをした別のものと並べて、そのしくみを見えるようにする。   

>たとえば、学校とオウム教団と連合赤軍をつきあわせて、普遍的なしくみを導き出すことができる。   

 

そうですね。類型をたどると本質が見えてきますね。日本人は定義 (非現実) では満足でない。非現実 (考え・哲学) は現実 (事実) の世界ではありえないことですから。      

 

>なぜ「理不尽」を受け入れてしまうのか   

>こうして考えてみると、学校について「今まであたりまえと思っていたが、よく考えてみたらおかしい」点が多くあることに気づく。   

>これらのポイントに共通していえるのは、クラスや学校のまとまり、その場のみんなの気持ちといった全体が大切にされ、かけがえのない一人ひとりが粗末にされるということだ。   

 

そうですね。それは ‘個人の考えは通らない’ ということですね。通らないという事は ‘認めない’ ということですね。個人の個性を伸ばす教育にはなりませんね。       ‘

 

>全体はひとつの命であるかのように崇拝される。   

>この全体の命が一人ひとりの形にあらわれたものが「生徒らしさ」だ。   

>だから学校では、「生徒らしい」こころをかたちであらわす態度が、なによりも重視される。   

>これは大きな社会の全体主義とは別のタイプの、小さな社会の全体主義だ。   

 

大きな社会の全体主義は政治哲学ですね。小さな社会の全体主義はうやむや (気分・雰囲気・感情) ですね。趣味には論拠がない。There is no accounting for tastes.     

日本人は昔からこの ‘うやむや’ を求めて精を出しています。 照りもせず曇りもはてぬ春の夜のおぼろ月夜(づきよ)にしく物ぞなき(大江千里)。 歌詠みは論理が無いから議論が出来ない。    

生まれた時には宮参り、結婚式はキリスト教会、葬儀の時は仏式のご厄介になる。これは、良い気分・雰囲気を追及し努力した結果である。   

 

>大切なことは、人が学校で「生徒らしく」変えられるメカニズムを知ることだ。   

>それは、自分が受けた洗脳がどういうものであったかを知る作業であり、人間が集団のなかで別の存在に変わるしくみを発見する旅でもある。

>ある条件のもとでは、人と社会が一気に変わる。   

>場合によっては怪物のように変わる。   

>この人類共通のしくみを、学校の集団生活が浮き彫りにする。   

 

‘私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者となり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない’  (あるアメリカの国務長官)   

 

>学校の全体主義と、そのなかで蔓延しエスカレートするいじめ、空気、ノリ、友だち、身分の上下、なめる―なめられる、先輩後輩などを考えることから、人間が暴走する群れの姿を明らかにすることができる。   

>学校という小さな社会の全体主義とそのなかのいじめを考えることから、人間の一面が見えてくる。   

>わたしたちは長いあいだ、学校で行われていることを「あたりまえ」と思ってきた。   

>あたりまえどころか、疑いようのないものとして学校を受け入れてきた。   

 

それは伝統的な歌詠みの世界ですね。無哲学・能天気の民の集まりですね。    

 

>だからこれを読んだ読者は、「こんなあたりまえのことをなぜ問題にするのだろうか」と疑問に思ったかもしれない。   

>その「あたりまえ」をもういちど考え直してみることが大切だ。   

 

そうですね。だがそれは日本語思考では難しいことですね。日本語の文法には現実があって非現実がない。        

 

>理不尽なこと、残酷なことがいつまでも続くのは、人がそれを「あたりまえ」と思うからだ。   

 

そうですね。日本人には現実しかない。’あるべき姿’ は非現実 (考え・哲学) の内容である。だから日本人に哲学は難しい。日本人に英米流の高等教育は難しい。       

 

>それがあたりまえでなくなると、理不尽さ、残酷さがはっきり見えてくる。   

>逆にあたりまえであるうちは、どんなひどいことも、「ひどい」と感じられない。   

 

そうですね。世の中とはそういったものだと涙を呑んで諦める。不自由を常と思えば不足なし。   

 

>歴史をふりかえってみると、このことがよくわかる。   

>これを読んで心にひっかかっていたものが言葉になったときの、目から鱗が落ちるような体験を味わっていただければと思う。   

 

そうですね。   

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。     

 

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

 

 

 

 

 

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閲覧数36 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2023/10/31 04:16
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