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2024年07月04日(木) 

 

>現代ビジネス   >なぜ日本は「衰退」したのか…多くの人が取り憑かれた「病理の正体」   >岩尾俊兵(慶應義塾大学商学部準教授)の意見・   >10時間・   

>わたしたちはいつまで金銭や時間など限りある「価値」を奪い合うのか。   

>ベストセラー『世界は経営でできている』では、気鋭の経営学者が人生にころがる「経営の失敗」をユーモラスに語ります。   

>※本記事は岩尾俊兵『世界は経営でできている』から抜粋・編集したものです。   

>さらば経営嫌いのオトナ:日本社会をむしばむ自己責任論の欺瞞   

>日本には「価値は有限でしかありえない」という誤った観念が普及した。   

>原爆を落とされ、戦後の焼け野原から、石油等の資源もない中で、たった二十数年で世界第二位の経済大国になった、価値創造大国の日本がこうした諦念に支配されること自体が不合理極まりない。   

>もちろん、不合理を後押しした世界情勢もあった。   

>資本主義と国際化と不換紙幣制度が出会ってまだ半世紀である。   

>この半世紀で、人類は初めて通貨の価値が国際的に極端に変動する社会を経験した。   

>その結果として、手段であるはずの金銭の価値に過度に振り回されるようになった。   

>国際政治によってつい最近まで円高・デフレ誘導されてきた日本はなおさらである。   

>価値は有限だとする思い込みが流行するとともに、「価値を誰かから上手に奪い取る技術」を売り歩く人々が跋扈した。   

 

世の中は ‘ゼロサム’ ではない。全体の得失を総計するとゼロになるものではない。   

 

>いかにして価値を掠め取ったかを自慢するだけの書物が街に溢れた。   

>多くの人は経営の概念を誤解し経営を敵視するようになった。   

 

情けない風習ですね。   

 

>そうするうちに本来の経営の概念は狡知の概念と入れ替わってしまった。   

>もし価値が一定で有限ならば、誰かが価値あるものを得ているのは別の誰かから奪っている以外にありえない。   

>善人対しても「我々に気づかせないほど巧妙に、我々の価値を奪っているのでは」という疑念がよぎることになる。   

 

疑心暗鬼ですね。   

 

>こうした誤った推論により、日本の現状を誰かのせいにする言説が流行した。   

 

日本人には意思が無い。だから加害者意識が無くて、被害者意識だけがある。現状を誰かのせいにする。被害者・犠牲者だらけになりますね。      

 

>若者が悪い、高齢者が悪い、男性が悪い、女性が悪い、労働者が悪い、資本家が悪い、政治家が悪い、国民が悪い……。  

 

我が国は悪人だらけの社会ですね。  

 

>現代では誰もが対立を煽る言葉に右往左往している。   

 

意思のない人間は困りものですね。対立による自滅になりますね。      

 

>自己責任論という名の、責任回避の詐術に全ての人が疲弊させられてきた。   

>誰もが別の誰かのせいにし、自ら責任を取る人はどこにもいないかのようだ。   

 

そうですね。無限に続く婆抜きですね。兎角この世は無責任。   

 

>まるで日本の戦争責任問題である。   

 

そうですね。   

‘誰も責任を取りたがらず、誰も自分に責任があると言わなかった。・・・・・ 一般国民が軍部や文民官僚の責任と同等の責任を負っていると心から考えている人はほとんどいなかった。’ (ジョン・ダワー 増補版 敗北を抱きしめて 下)   

 

>国民は官僚が悪いといい、官僚は軍部が悪いといい、軍部は政治家が悪いといい、政治家は国民が悪いといって元に戻ってしまい、責任の所在が消えてしまう。   

 

日本人の社会は悪人だらけの社会ですね。   

 

>そのうちに「空気が悪い」「時代が悪い」ということになる。   

>総・無責任体制と表現できるだろう。   

 

そうですね。   

日本人には意思が無い。意思の無い人間には責任が無い。だからわが国では責任者捜しに苦労する。       

肥田喜左衛門の著した <下田の歴史と史跡> には、責任に関する下のような事柄が記されています。

徳川5代将軍の治世、佐土原藩の御手船・日向丸は、江戸城西本丸の普請用として献上の栂 (つが) 材を積んで江戸に向かった。遠州灘で台風のため遭難、家臣の宰領達は自ら責を負って船と船員達を助けようと決意し、やむをえず御用材を海に投げ捨て、危うく船は転覆を免れ、下田港に漂着した。島津家の宰領河越太兵衛、河越久兵衛、成田小左衛は荷打ちの責を負い切腹する。これを知って船頭の権三郎も追腹を切り、ついで乗員の一同も、生きて帰るわけにはいかないと全員腹をかき切って果てた。この中には僅か15歳の見習い乗子も加わっている。鮮血に染まった真紅の遺体がつぎつぎに陸揚げされたときは、町の人々も顔色を失ったという。16人の遺体は、下田奉行所によって大安寺裏山で火葬され、同寺に手厚く葬られた。遺族の人たちにはこの切腹に免じて咎めはなかったが、切腹した乗組員の死後の帰葬は許されなかった。(引用終り)  

 

>だが、本当の責任は価値有限思考にこそある。   

>特定の人間のせいではなく、私含めすべての人に大なり小なり巣くっている思考のせいなのである。   

>もちろん、政治家や経営者など、多数の人生に影響を与えてしまう職業であれば思考に対する責任はより大きい。   

 

日本人には意思が無くて、恣意 (私意・我儘・身勝手) がある。   

だから意思決定 (理性判断) が無くて、恣意決定 (盲目の判断) がある。   

問題には説明責任が果たせず、うやむやになって放置される。   

 

>価値有限の言説を得意げに吹聴する人も、価値あるものは無限に創り出せるのに、自分には無理だと思い込んでいるだけだ。   

 

価値は人間が作るものですね。競りのような具合に作り出すものですね。   

 

>だが、人間を捨ててはいけないが、思考は捨てられる。    

 

人間を諦めてはいけない。思考停止は捨てましょう。    

 

>本当は、価値は無限に創造できる。   

 

そうですね。価値の創造は資源小国のわが国民には最適な仕事ですね。       

 

>そして価値が無限に創造できるものならば、他者は奪い合いの相手ではなく、価値の創り合いの仲間になれるのだ。   

 

そうですね。   

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英文法にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。     

 

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

 

(略)   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数29 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2024/07/04 19:48
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