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2017年11月17日(金) 

 

>先日アイルランドに滞在していたんですが、カフェに入ったときに店員さんがお皿を落として割っちゃったんですよね。>でもまわりのお客さんたちは笑いながら「やっちゃったね〜」「どんまい」と店員さんに話しかけていました。>この光景をみて、「ああ、だから日本は失敗を恐れてだれも新しいことをやらなくなるんだな」と気づいたのです。

 

そうですね。

 

>◆失敗をとにかく責める日本

>これがきっと日本の飲食店だったら、こんな和やかな雰囲気にならないと思うんです。>どこに行ってもお皿割ったりしたら店員さんが申し訳なさそうに「失礼いたしました!」「申し訳ありません!」と謝ってるし、お客さんは怪訝そうな表情をする。

 

まあ、それが普通ですね。

 

>アイルランドでバスに乗ったときに、揺れた反動で隣のおじちゃんにぶつかってしまったときがあったんですが、「Sorry」というとおじちゃんは笑って「No problem.」と肩をポンポンとたたいてくれました。>これもまた、日本の混み合った電車で足を踏んづけてしまったら、人によっては舌打ちしたりしますよね。>でもこういう些細な日常のミスへの対応は、そのまま仕事や新しい挑戦に対する対応につながっていくと思います。

 

そうですね。

 

>すべての人がそうとは限りませんが、間違いなく日本は失敗することに対して異常に責めるし、「許されない」という雰囲気がある。

 

そうですね。日本人はもともと精神主義ですからね。細かな注意を要求しますね。

 

>◆失敗を恐れると、だれもチャレンジしなくなる

>よく同年代と仕事の話をしていても、「上司にミスをめちゃくちゃ責められた」「入社したての時に、”こんなこともできないのか”と怒られた」という話をよく聞きますが、こうやって「失敗したお前が悪い」と頭ごなしの責め方をするのは一番やっちゃいけないと思うんですよ。

 

そうですね。まず初めに正しいやり方を示すべきですね。ミスをめちゃくちゃ責めるのは無意味ですね。

 

>一方的に責められた側は、「なぜ失敗したのか」の原因を冷静に探る前に、「失敗をしちゃいけない」という恐怖心に支配されてしまうから。

>「失敗は悪」という価値観が植え付けられると、みんな失敗をしないように恐る恐る行動して、なるべく新しいことをやらずに「今まで慣れ親しんできた失敗しないやり方」を選ぶようになる。

 

有職故実の研究ですね。

 

>そうなると、誰も新しいことにチャレンジしなくなり、まわりの目を気にしながらずっと同じやり方や価値観に固執してしまう。

 

お変りの無いのが、この国の天下泰平であるしるしです。

 

>日本人が極端に安定志向なのも、この「失敗=悪」という文化がずっとこびりついてきたせいでもあると思います。

 

日本人には、悪があって罪が無いのでしょう。

 

>◆一番しんどいのは「失敗する以前に何もしないこと」だ

>以前厚切りジェイソンさんのツイートを見てその通りだなぁと思ったのが、「日本にはセカンドチャンスがない」という言葉。

>新しいことにチャレンジして失敗したときに、その失敗から得たことを次に活かすチャンスがめったに与えられないということです。

 

それは、日本人には難しいことですね。

 

>たぶん、その失敗を許して次に活かす余裕が日本にはないんだろうなぁと思います。

 

そうですね。同感です。日本人には、次に活かす余裕はありませんね。

 

>でもだからといって失敗しないように生きようとすれば、きっと手も足も出なくなる。

 

安全第一。無為無策でいることですね。座して死を待つことになるのかな。

 

>そうなると自分が成長する機会は一気に失われてしまう。

 

その通りですね。

 

>そして気づけば「失敗=悪」が根付いて他人の失敗を責めるようになる。

 

失敗は誤りであり、それを誤れば勝負あったということになります。上下社会に於ける ‘ワン・ランク・ダウン’ ということになり、自己の序列順位に大きな痛手をこうむりますね。序列差法の国においては、序列なきところに礼儀なしです。

 

>だからわたしは「失敗以前に何もしないこと」が一番リスクで苦しいと思います。

 

‘出る釘は打たれる’ ということでしょう。

 

>本当は変わりたい、本当は挑戦したい、そう思いながら他人の目と失敗を気にして踏みとどまり続ける人生が一番苦しい。

 

日本人は、自分の考えに自信が持てませんね。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there’s a will, there‘s a way.

意思のない所には、仕方がない。日本人には、意思が無い。意思は未来時制の文章内容ですが、日本語文法には時制 (tense) というものがない。ですから、日本人には意思が無い。それで、仕方がない。諦めるということになりすね。

 

>わたしはたとえなにか失敗しても、「なぜうまくいかなかったのか?」を冷静に考えて次に活かすところから、本当の理解ができると思います。

 

そうですね。しかし、日本人には、正しい (矛盾を含まない) 考えと、正しい文章の理解の関係が習得されていませんからね。

 

>失敗してもそれを次に活かすこと、そしてまわりに失敗している人がいたら「次はどうすればうまくいくか一緒に考えよう」と言える環境を作ること。

 

そうですね。それができると良いですね。日本人は、検証嫌いですからね。日本では、国がひっくり返っても検証はされませんね。とかく、この世は無責任。戦後、人々が態度をがらりと変えたのは、’もう、こりごりだ’ という感情からでした。苦しい体験の後も、日本人は元の木阿弥です。

 

>この意識がもっと日本に根付いてほしい。

 

検証がなされなければ、日本人の無鉄砲は治りませんね。無鉄砲を抑えるために、日本人はひとえに失敗を責めるのでしょう。

文章内容から、矛盾を除去することが大切です。それが可能になれば、自分の考えに自信を持てるようになります。矛盾のない考えは、すべて正しい。空想・妄想を排除して、哲学を持つことが出来ます。一人ひとりに哲学が必要です。(Everyone needs a philosophy.) そうでなければ、我が国民は ‘烏合の衆’ になります。

 

.

 

 

 

 

 

 


閲覧数549 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2017/11/17 18:48
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