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2019年05月14日(火) 

 

(略)

>◆学校や塾の教師が生徒を無能化してゆく仕組み

>これらのことから分かるのは、学校や塾の教師がやっていることは、社会に出れば、誰も問題にしない、人としての価値を何も測れない「成績」を錦の旗印にして、子供や親を騙しているという構造です。

 

そうですね。しかし、学校や塾の教師がしていることは原因ではなくて、我が国民の無能に対する対策ですね。

 

>成績圧力、内申圧力を元にして、「ノートを取れ」「公式に当てはめて解け」と脅され、騙された子供たちは、全くorほとんど頭を使わなくなり、結果として、意欲も追求心も封鎖された暗記脳になっていきます。

 

頭を使わなくなれば、思考は停止する。頭が空の状態でいては困るので、その内容を暗記で補充しなくてはならないのでしょう。

 

>その結果、何も追求していないので、脳は楽チン、脳はサボるばかりとなっていきます。そうして生まれるのが、文字面だけでわかったつもりになる「文字脳」、そして、公式に当てはめて分かったつもりになる「公式脳」です。

 

現実の内容は、頭の外にある。それは、見ることができる。見ればわかる。正解は一つである。考える必要は無い。楽ちんです。これでは、民は無哲学・能天気にならざるを得ませんでしょう。

 

>さらにこれに、教えられたことだけ完璧にやればいいという視野の狭い、厄介な「完璧主義」が加わります。

 

日本人には意思がない。だから、他から指示がなければ行動に出られない。そのために決まりをたくさん作って、行動の完璧を期さなくてはならなくなる。このような事情があるので、形式を重んじる社会にならざるを得ない。

意思 (will) は、未来時制の文章内容である。日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本語の脳裏には未来時制は無い。だから、日本人には意思がない。

全ての考えは、文章になる。文章にならないものは、考えではない。

矛盾を含まない文章は、全て正しい考えを示している。だから、正解は一つではない。考えは、人さまざまである。正解も多数ある。

 

>こうして、文章の行間や背景も掴めず、問題を少しヒネると解けなくなる、何より、強制圧力の下で、意欲も追求心も奪われた、とことん無能化した生徒たちが出来上がってしまうのです。

 

思考停止の状態にある人は、無哲学・能天気である。各人に哲学は必要である。Everyone needs a philosophy. その対策や、いかに。

 

>そして、そのまま成人して。生きる目標を失くして、思考停止した大人たちは、まさにお上の思うツボとなっていくのです。

 

そうですね。時制のある文章は、それぞれに独立した非現実 (考え) の三世界 (過去・現在・未来) を示すことができる。これらの三世界は考えの枠組みだけがあって内容がないから、各人はその空白が気になる。それで、人は思春期になると、’考える人’ になる。これが、英米人の精神的成長過程である。英文法には、時制があるが、日本語にはない。だから、日本人には、自分自身の考えの内容は無く世界観がない。無哲学・能天気の状態が一生続く。だから、どうしても現実の困難を緩和するために詰め込み教育が必要となる。自力の代わりに他力を使っている。

 

>どうでしょうか?>当てはまってしまった人、でも、ここで気付けた人は、まだ大丈夫!>無能な大人、お上の思うツボになんてなりたくないですよね?

 

わかっちゃいるけど、やめられない。

我々日本人は、日本語と英語の両言語を良く学び、時制の重要性をよく理解して、自分自身の考えを表明できるようにすべきですね。そうすれば、空の頭を自力で満たすことができる。これにより、現在の個人的・社会的な閉塞状態を打開できるはずです。

 

(略)

 

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閲覧数61 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2019/05/14 11:05
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