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2019年08月20日(火) 

 

 

(略)

>●現在

> 戦後、多くの若者の心を捉えた数少ない作家の一人に三島由紀夫がいる。 >彼は、右派でありながら左派の学生の心も捉えた。 >その意味で、イデオロギー=観念を超えた潜在思念の次元でつながる「力強いコトバ」を生み出した。

 

全ての言葉は、文章になる。文章にならないものは、考えではない。

非現実 (考え) の内容は、頭の中にある。その内容は、見ることができない。ただの話である。その話の内容が分かるためには、文法に従って文章内容を理解しなければならない。これは、骨の折れる作業である。だから、通常日本人は、理解をしない。その代わりとして忖度 (推察) で、その場をしのいでいる。だが、忖度は、聞き手の勝手な解釈であるから、現実直視 (実験・観察) になっていない。だから、話者には何の責任もない。議論にもならない。歌詠みのようなものになってしまう。現実を動かす力にはならない。

 

>それに対して、現在は、インターネットの普及によって情報は増大したものの、ネットウヨク、ネットサヨクの紋切り型の言論が、お互いを罵倒しあっているばかりであり、山崎行太郎氏のいう「論壇の劣化」が著しい。

 

日本人は、相手を罵倒するのが取得ですからね。気分・雰囲気の表現には、力が入ります。

 

>この劣化状況は「日本を守るのに右も左もない」というコトバ以前の感覚が失われてしまっているからだろう。> 江戸から今日までを振り返ってみたが、日本人のコトバの欠乏の原点にあるのは、自治共同体を守り育てるという意志にあると思う。

 

日本人には、意思がない。自治共同体の ‘あるべき姿’ もない。

意思は、未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがない。だから、日本語の脳裏には未来時制は無く、日本人には意思がない。

しかし、日本人には、恣意がある。意思は文章内容になるが、恣意はばらばらな単語 (小言・片言・独り言) のままで存在する。恣意は、文章にならないから、意味も無い。日本人には、意思決定 (理性判断) の代わりに、恣意決定 (盲目の判断) がある。意思疎通の代わりに、恣意疎通 (阿吽の呼吸・つうかあの仲) がある。

意思の無い人は、優柔不断・意志薄弱に見える。剣道の練習などで身を鍛えて精神修養を積まなくてはならない。この修練により活発な動作の人間は育つが、リーズン (理性・理由・適当) のある人間は得られない。

司馬遼太郎は、<十六の話>に納められた「なによりも国語」の中で、片言隻句でない文章の重要性を強調している。

「国語力を養う基本は、いかなる場合でも、『文章にして語れ』ということである。水、といえば水をもってきてもらえるような言語環境 (つまり単語のやりとりだけで意思が通じ合う環境) では、国語力は育たない。、、、、、、ながいセンテンスをきっちり言えるようにならなければ、大人になって、ひとの話もきけず、なにをいっているのかもわからず、そのために生涯のつまずきをすることも多い。」

 

>それが、明治→昭和の時代は、欧米列強に打ち勝つという意志に移行したと思われるが、経済成長を果たし、アメリカを抜いて以降、日本は目標=未来を見失っている。

 

日本人には、世界観 (過去・現在・未来) の内容がない。非現実 (考え) の内容が、想定外になっている。だから、日本人は、常に未来に関する目標を見失っている。

非現実 (考え) の内容は、時制 (tense) のある文章内容になる。時制のある文章内容は、それぞれ独立した非現実の三世界 (過去・現在・未来) を表すことができる。その内容は、はじめは白紙の状態であるが、各人が自分で内容を埋め合わせて世界観とする。世界観の内容は、果てしなく展開が可能である。自己の世界観に基づいて現実の内容を批判すれば、その人は批判精神の持ち主となる。

日本人には、時制がなく、意思がなく、世界観がなく、批判精神がない。だから、つかみどころのない人間である。

 

>残念ながら私たち日本人は経済成長の勝利=豊かさの実現と引き換えに、自治共同体を守るという志を失い、西洋に変わる社会モデルを日本から発信するという大志を失った。

 

日本人には世界観が無いので、マスター・プラン、グランドデザインのような内容は、発信できませんね。

 

>日本人の言語能力再生のヒントはそこにある。 

 

我々日本人は、日本語と英語の両言語を良く学び、時制の大切さを十分に深く理解すると良いですね。時制を使って非現実 (考え) の内容を表現するようにいたしましょう。さすれば、自己の世界観と意思の内容を表明できるようになり、相手から信頼を得る人間になるでしょう。英米人は、日本語を話しても、その弊害により閉塞状態に陥ることはありません。考え方は、それ以外にもあるからです。我々も、彼らのやり方を学びましょう。

 

 

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閲覧数19 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2019/08/20 14:42
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