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2020年04月07日(火) 

 

 

>この官僚システムにとっては、親から引き継いだ「票田」を活用して政治家になったビジョンのかけらもない二世議員だらけの政治家を、後ろから操る形で国を運営するのが一番都合が良いのです。

 

そうかもしれませんね。

宮本政於の著書〈お役所の掟〉には、官僚絶対主義のことが出ています。以下は、著者(宮)と厚生省幹部(幹)との会話であります。

宮「憲法に三権分立がうたわれているのは、権力が集中すると幣害がおきるから、との認識に基づいているのでしょう。今の日本のように、官僚組織にこれだけ権力が集中すると幣害もでてきますよね」、幹「ただ、日本はこれまで現状の組織でうまく機能してきたのだ。それによく考えてみろ。いまの政治家たちに法律を作ることをまかせられると思うのか。そんなことをしたら日本がつぶれる」、宮「日本の立法組織にそれほど造詣(ぞうけい)が深くないのですが、私も認めざるをえません」、幹「そうだろう。『やくざ』とたいしてかわらないのもいるぞ」、宮「私もテレビ中継を見て、これが日本を代表する国会議員か、と驚いたことがなん度かあります。とくに、アメリカとか英国とは違い、知性という部分から評価しようとすると、程遠い人たちが多いですね。でも中には優秀な人がいるんですがね」、幹「政治は数だから。いくら優秀なのがひとりふたりいてもしようがない。ある程度の政治家たちしかいないとなれば、役人が日本をしょって立つ以外ないのだ」(引用終り)

 

>このシステムは、平時で、国としてやるべきことが明確な時はとても有効に作用します。 >戦後の高度成長期が良い例です。 >「欧米になんとか追いついて先進国の仲間入りをする」という一つの明確なゴールのために、政官民が一緒になって働くことが出来ました。

 

国中が馬車馬のようになって走っていたころは、それでもよかったのでしょうね。

 

>しかし、原発事故のような「想定外」の事態になると、途端に日本の官僚機構は機能不全を起こします。

 

日本語には ‘今・ここ’ だけがある。日本人には現実があって、未来がない。現実の努力は事実の後追いでも実行できますが、未来の内容には洞察力 (非現実) が必要ですね。その未来の内容が日本人には想定外となっています。ですから、危険極まりないことになっています。

 

>政治家はもちろんのこと、原子力安全・保安院すら経産省から出向した素人の集まりだったため、事故を起こした当事者である東電に適切な指示を出すことが出来ないのはもちろんのこと、人権よりも東電や保安院のメンツが重視されたりすることになってしまうのです。

 

そうですね。わが国は序列社会で成り立つ国ですからね。何がなくても人間序列を維持する必要がありますね。序列を維持できないことは、メンツをつぶされたことになります。

 

> 本来ならば、菅総理が「脱原発」を宣言した時点で、日本は脱原発に舵を切るべきだったし、東電は破綻させて解体し、発送電分離を加速させる良いチャンスだったのですが、電力会社と持ちつ持たれつの関係になっていた経産省が、そんな急激な方針変更を許すわけがなかったのです。

 

官僚には政治責任はありませんね。責任は菅総理にあります。経産大臣は総理の協力者ですね。

 

> 今回の新型コロナウィルスに関しても、結局厚労省の役人も大臣も、伝染病に関して全くの素人であり、専門家の意見を聞きつつ、リーダーシップ不在で行動するしかないので、今回のような体たらくになってしまうのです。

 

そうですね。専門家が指導すれば問題ないでしょうね。しかし、専門性は同次元序列の序列制度に馴染まないでしょうね。

 

 

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閲覧数45 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2020/04/07 00:51
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