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2021年06月09日(水) 

 

>エリートについて  >マイエッセイのページへ

>エリートのリクルート     

> 明治中期以後、日本では若い時期にエリート層と非エリート層を試験により選別し、早くからそれぞれを分離した職業教育を行い、エリート教育を受けた人間は壮年期には日本の指導者層となっていった。   

 

新しい身分制度ですね。   

 

> 明治維新で階級というものがほぼなくなった日本では親の職業や生まれた地域に関係なく、とにかく試験で高得点を取る能力さえあれば誰でも平等にエリート層に入る道が開けていたのである。   

 

そうですね。ノラクロ (野良犬の黒) にも出世の機会が与えられましたね。   

 

>これは階級組織が歴然として存在し、貴族階級でなければエリートになれなかったヨーロッパや、若いうちからエリート、非エリートを分けず、社会人となってからのOJT ([On-The-Job Training] 職務をしながらトレーニングをすること)の中で次第に頭角をあらわしていった人間を社会の指導者としているアメリカとも異なるエリートのリクルートのやりかたであったといえる。 

 

そうですね。わが国は欧州型でもなく米国型でもありませんでしたね。   

 

> 特に太平洋戦争前の日本社会はこの少数のエリート層と大多数の非エリート層の峻別は現在では考えられないほどにきびしかったらしい。

 

昔の身分制度の再現のようなものですね。上意下達で問答無用ですね。上意は目上の者の恣意 (私意・我儘・身勝手) の事で、何やら危険がいっぱいですね。         

 

>たとえば役人の間ではエリートとその他では入る食堂やトイレでさえ区別があり、同じ役人でも高文(高等文官試験。現在の国家公務員試験Ⅰ種にあたる)合格者とその他では出世のスピードがまったく異なっていた。 >高文合格のエリートは旧内務省などでは40歳そこそこで知事に任命されていた(戦前は県知事は選挙ではなく、任命であった)らしい。 >また役人に限らず、民間企業などでも大卒エリートとその他では入社時点から受ける職業教育などが全く異なり、若い時点でエリート路線に乗らなかった人間は少なくとも大企業や役所という大組織の中では出世というものはまったく望めなかったのである。 > こうしたエリート層とその他の人間のきびしい峻別は当時は特に問題にはならなかったらしい。

 

‘勝てば官軍’ (Might is right.) ですね。明治政府のようなものですね。            

 

>昔は大学へ入る人自体が珍しかったし、とにかく高文などの難しい試験にさえ通れば家が貧乏だろうとなんだろうと誰にでもエリートになる道は開けていたのであるから、「自分は人よりも一生懸命勉強して高文に通ったのだ。他人より勉強したんだからエリートとして特別扱いを受けてもなんら不自然ではない」との意識がエリートにはあったのだろう。

 

そうですね。日本語には階称 (言葉遣い: hierarchy) というものがあります。ですから日本語を発想する場合には、‘上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断が欠かせません。上下判断 (序列判断) には、通常、勝負の成績が用いられます。近年では偏差値なども都合の良い資料として利用されています。わが国が学歴社会であると褒めていうのも、実は序列社会の言い換えに過ぎないのであります。  

 

>後藤田正晴氏の回顧録などにもそのようなことが書いてある。>庶民もまたエリートに対しては「あの人たちは自分たちとは違う特別な人だから」とのあきらめのような意識があったのだろう。  

 

身分制度の復活のようなものですね。五木の子守歌のようなもので ’あんひとたちぁあよかしゅ’ ですね。     

 

>仮に家が本当に貧乏で大学などとても行けない状態であったとしても海軍兵学校や陸軍士官学校などは月謝が無料で生活費までくれたから、カネが一銭もなくともエリート軍人となることも可能であったのである。>(昔の海軍兵学校や陸軍士官学校は現在の東大並みに入学するのが難しかった)

 

序列順位により日本人個人の待遇は簡単に決められましたね。   

 

>エリート教育の功罪     

> こうした戦前の極端なエリート教育は現在では評判が芳しくない。  

 

序列順位を決めるためには学生に没個性の競争をさせなくてはならなりません。しかし、新しい時代を切り開く為には個性的な人物を育てる必要があります。この矛盾がエリート教育の評判を落としたのでしょう。   

 

>戦後は特に社会主義思想などの普及もあり、とにかく平等に、何でも平等に、という考えが強くなった。 

 

そうですね。教育は金太郎飴のような顔をした人間の製造になっていましたね。   

 

 

 

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閲覧数19 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/06/09 16:44
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