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2021年08月19日(木) 

 

 

>賀茂川耕助のブログ >投稿日: 2021年8月7日 >リンク

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>No. 1329 アフガンを手放さぬ米国

>バイデン大統領は20年間続いたアフガニスタンでの戦争を9月11日までに終わらせ、米軍を撤退させると発表した。  

 

20年間の戦争にアメリカ人も疲れたのでしょうね。    

 

>アフガニスタン戦争とは何だったのか。>2001年9月11日のテロ攻撃を受け、首謀者であるサウジアラビア人のウサマ・ビンラディンが拠点としていたことから、米国は「テロとの戦い」と称してアフガニスタンを攻撃したのが始まりだった。>2002年からはイラク、イラン、北朝鮮は大量破壊兵器を保有するテロ支援国家だと非難し、米国はイラクの政府関連施設などの査察を繰り返し要求した。>そして大量破壊兵器の証拠がないまま2003年、米国はイラクに侵攻し、中東もテロとの戦場となった。>イラクでの正規軍同士の戦闘は同年終了し、ブッシュ大統領は5月1日に空母の上で“Mission Accomplished(任務完了)”を宣言したが、実際米国はイラクを「民主主義国家」に作り替えるために駐留を続けたのである。>多様性を尊重すると言いながら、自分と異なる考え方や文化を抑圧するのが米国のやり方なのだ。 

 

アメリカは民主主義を譲らないでしょうね。アメリカ人の主張は民主主義政権下での多様性尊重でしょうね。   

 

>同様にアフガニスタンから米国が完全に手を引くことはないのである。  

 

米国は民主的な友人を見捨てないでしょうね。    

 

>これまでもドローン攻撃を行い民間人を含む多くのアフガニスタン人を殺傷してきた米軍だが、米空軍のジョン・ロス長官は6月、カタールやクウェート、UAEの米空軍基地からドローン攻撃を行ってテロ(タリバン)との戦いを続け、アフガニスタン軍を支援すると言明している。>アフガニスタン戦争は終わりではなくこれからもドローンで爆弾を落とし続ける、ということだ。  

 

そうでしょうね。   

 

>さらに民間の軍事会社が米軍に代わり戦争を支援するのが米国の戦争である。>イラク戦争では要人警護や補給輸送をブラックウオーターという企業が担っていた。>武装して一般のイラク人を殺害したのだから完全な雇い兵である。>一民間企業がある集団に対して「テロとの戦い」という名の元で、武器を持ち殺人ができるということが許されるのは戦争が米国においてビジネスそのものだからだ。>ブルームバーグガバメントの分析によると、米国は2002年以来アフガニスタンで民間の請負業者に1079億ドル(約11兆円)を費やしたという。>アフガニスタンでは1万6千人以上の請負業者を雇用し、そのうち6147人が米国人だという。>駐留している兵士は2500人だから、倍以上の数の請負業者、つまり雇い兵がアフガニスタンで活動していて、彼らが撤退することはない。>そして撤退する兵士に代わりさらなる雇い兵が送り込まれる。>なぜならアフガニスタンは米国にとって重要な場所なのだ。>世界一の麻薬(ケシ)の生産地であり、それを育てたのも密売するのも米国のCIAなのである。  

 

CIAは麻薬が大切なのですかね。     

 

>また過去40年にわたり戦争と貧困に見舞われながら、アフガニスタンにはリチウムなどのレアアースが大量に埋蔵されている。   

 

レアアースは国の宝ですね。    

 

>だからこそ、米国はアフガニスタンを手放すことはなく、戦争という言葉を使うのを止めるというだけにすぎない。

 

それが良いのか悪いのか。アフガニスタンの民主主義勢力に加勢できる効果的な方策はないものでしょうかね。   

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)     

 

非現実 (考え) の内容は、英語の時制のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。その内容は世界観と言われている。これらの三世界は時制により構文が異なるので、同次元で語ることができない。それで独立した三世界になっている。この規則を the sequence of tenses (時制の一致) と呼ぶ。日本人の初学者が英論文を書くときに難渋する規則である。 

世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその内容を自分自身で埋めて行く。自己の 'あるべき姿' (things as they should be) もこの中にある。来るべき世界の内容を語ることは、時代を先取りすることである。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実 (things as they are) の内容を批判 (縦並びの比較) すれば、批判精神 (critical thinking) の持ち主になれる。批判精神のない人の文章は、ただ現実の内容の垂れ流しになる。全ての事柄は他人事になる。これは子供のようなものである。日本語の文法には時制がない。だから、日本人には世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。残念ながらマッカーサ元帥の '日本人12歳説' を否定できる人はいない。  

意見は比較の問題である。現実の内容と非現実の内容があれば批判精神が発揮できる。英米人の意見はこれである。これは縦並びの比較ということができる。建設的である。進歩が期待できる。希望が持てる。現実の内容だけであれば、その比較は '現実' 対 '現実' の上下判断 (横並びの比較) になり、'どっちもどっちだ' がある。無力感に苛まれる。この種の比較は復讐に復讐を重ねる民族同士の争いの原動力にもなっていて進歩が期待できない。

非現実の内容は人様々である。非現実の内容がなければあるのは現実だけで、その正解は一つである。日本人がともすれば異口同音の内容を語るのはこのためである。      

わが国のマスコミも現実の内容をただ垂れ流す。個人の価値判断が抜け落ちている。現実の正解はただ一つであるから、どんぐりの背比べで個性がない。それで、日本人は個人主義が何であるかを理解することが難しい。本人にも相手にも何を考えているのかわからない。だから、誰からも信頼されない。世界観に基づく協力者が得られないので社会に貢献する度合いが限られる。    

 

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閲覧数34 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/08/19 20:49
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