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2023年12月03日(日) 

 

 

>現代ビジネス   >日本から “いじめ” が減らない「根本的な理由」、、、短期的にいじめを激減させる「2つの方法」があった   >A4studioによるストーリー   >・20時間   

>日本とは異なり9月から新学年の新学期が始まったフランスでは、今年9月から施行された新法により「いじめの加害者を強制的に転校させる」ことが可能になったのだという。   

>いじめを犯罪行為として、厳しい処罰を課すフランスに対して、日本ではたとえ刑法に触れる行為であったとしてもいじめが犯罪行為であるという認識はないに等しく、犯罪に当たるいじめを行う加害者に対してでもフランスのような具体的な処罰がされていないことが多い。   

>日本では、いじめ問題を根本から解決するような取り組みはされているのだろうか。   

>そこで今回は、『いじめの構造—なぜ人が怪物になるのか』の著者で、いじめ問題について詳しい明治大学文学部准教授の内藤朝雄氏に、日本とフランスのいじめの構造の違いなどについて解説していただいた。   

>(以下、「」内は内藤氏のコメント)   

>【前編】『日本と大違い…フランスで「いじめ」が犯罪行為とみなされる「納得の理由」』で見たように、フランスではいじめ加害者に対して厳しい処罰が与えられるが、労働者の権利を守る意識が強いことが背景にあった。    

>日本の「いじめの構造」   

>一方、日本のいじめの構造の特徴について伺った。   

>「日本では、学校に限らず社会全体に言えますが、集団の空気が第一に重要だと考えられる傾向にあります。   

>『集団の空気を乱す行為は悪である』という意識、周囲の空気をあたかもそれが神であるかのように畏怖する傾向があります。   

 

そうですね。気分・雰囲気・感情は日本人の神さまですね。日本人にはリーズン (理性・理由・適当) がない。      

 

>いじめの加害者に対して処罰というほどのものが科せられることは少なく、反省文を書かせるなど形式上の『反省の儀式』をさせるだけで終わりということがよくあります。   

>また被害者が教師から、『クラスのみんなに馴染めるように仲直りをしましょう』と諭されるケースが非常に多い。   

>いじめが悪であり、加害者が責任を負うという正義もなく、被害者の安全保障もなく、『みんな』が何よりも重視されます。   

>学校の集団生活では、感覚的には個人の命よりも『みんな』の方が重視されるような現実感覚が行き渡っています。   

>加害者が『みんな』の勢いの中心にいて、被害者が孤立していると感じられることが圧倒的に多いので、加害者がいじめをしても大丈夫だと自信を持つ状況は改善されません」   

 

そうですね。   

 

>「加害者側にとってもっとも重要なのは利害損得とコストパフォーマンスです。   

>日本の学校では『みんなが気持ちを分かち合い、交わり合って育ち合う』ことが強制されます。   

>集団教育の場は個人が勝手に『友だち』を選り好みして集団生活から距離をとることが難しい環境なので、被害者は加害者から逃げられず、加害者にとっていじめが非常にやりやすいのです。   

>法が入らない無法状態の「教育的」な場ではいじめをしても大丈夫だと感じていれば、いじめは止まりません。   

>こうした環境に加害者は強いな安心感を持ちます。   

>それに対し被害者の安全保障は確保されず、結局は被害者のほうが転校に追いやられてしまいがちになるのです」   

 

そうですね。’無理が通れば道理が引っ込む’ ですね。   

 

>「こうした社会意識のなかで、いじめ被害に遭った子どもたちは、集団に馴染めないとされる自分を恥じ、罪悪感を抱くようにすらなってしまいます。   

>いじめ加害者は場の勢いの中心にいるので罪悪感を抱かず自信満々で、被害者の方が罪悪感を抱くことがしばしば見られます。    

>道徳規範の基準点が『みんなと共にある』ことになっているからです。   

 

そうですね。   

 

>そして、被害者は加害者に対して怒ることもできず、自分を『みんなと共にある』よう矯正してなんとか馴染もうと努力する傾向があり、しかしうまくいかず、最悪の場合は追い詰められて自殺を図ってしまうことすらあります。   

>このように日本では、加害者への責任追及をするよりも、被害者側に自分の心や態度を変えるように求める傾向があると言えるでしょう。   

 

そうですね。全体主義的な風潮ですね。  

 

>フランスとは真逆に感じますが、いじめの在り方というのは社会の在り方に強く影響を受けるため、学校だけの問題ではなく日本社会全体の問題と考えたほうがよいでしょう」    

>“目に見えないいじめ”は処罰が難しいのが現状   

>暴力、無視、モラルハラスメントなど、いじめにはさまざまな形態があるが、加害者に対してどのような対処ができるのだろうか。   

>「いじめは、暴力系のいじめと私がコミュニケーション操作系のいじめと呼ぶモラルハラスメント型のいじめに大別することができます。   

>暴力系のいじめは法が入ることで激減させることができます。   

>コミュニケーション操作系のいじめは広い空間で他者との距離を自由に調節できるように環境設定することで無効化させることができます。   

>つまり学校を、暴力系のいじめに対しては法で処罰し、コミュニケーション操作系のいじめに関しては、自分に合う友だちと関係性を築くことが容易で、自分を苦しめようとする『敵』と簡単に距離を遠ざけることができる生活空間に変えることで、学校でのいじめを激減させることができます」   

>内藤氏がコミュニケーション操作系のいじめと呼ぶ目に見えないいじめに関しては、周りも気づかない間に進行し、いじめ被害者が不登校になってしまったり、最悪のケースとして自ら命を絶ってしまったりする事件が起こり、ようやくいじめが発覚するというケースも少なくない。   

>「コミュニケーション操作系のいじめが被害者を苦しめる力は、親密な人間関係を選ぶ範囲が極端なまでに狭く、強制的に集団に馴染ませる閉鎖空間への『おしこめ』の効果によって成立しています。   

>狭いところに閉じ込められて、強制的にベタベタさせる生活空間がなければ、コミュニケーション操作系のいじめの効力はどんどん小さくなります。   

>たとえば、大学の教室では、だれかが『しかと』をしようとしても、それが行為として成立しません。   

>何やら自分を苦しめたいらしい疎遠なふるまいをする者には魅力を感じないので、他の友人ともっと楽しい付き合いをする、という単純明快な選り好みをするだけで、『しかと』をしようとする者は、相手を苦しめる意図も効かず、周囲から孤立します。   

>付き合う相手を自由に選べる広い生活環境であればあるほど、コミュニケーション操作系で人を苦しめようとする者は、コミュニケーションがじわじわと効いて相手が被害者になる前に、単純明快に付き合ってもらえなくなります。   

>結局他者を被害者に仕立て上げるよりも早い速度で加害者と被害者の関係性が不可能になるのです。   

>暴力を法によって禁止すると同時に、この仕組みを使うと、コミュニケーション操作系のいじめは簡単に減らすことができます。   

>学校は世界中どこでも他者との距離が取りにくい環境です。   

>一つの部屋で同じ人たちが一緒にいる時間が長すぎるのです。   

>そのうえで、フランスやドイツでは強制的にベタベタさせる集団主義はとっておらず、イギリスやアメリカでもそれほど極端ではないですが、日本では極端なまでに集団主義をしています。   

>しかも「みんな」であることを道徳的な人間の在り方として注入します。   

 

日本人の社会は序列社会です。序列作法は日本の礼儀作法になっています。礼儀正しい人が我が国では道徳的に正しい人です。その序列の内容については吟味されていませんね。これは深刻な問題ですね。       

 

>このような条件の違いによって、人類普遍のいじめがさまざまな色彩をおびて展開するわけです。   

>加害者側がいじめをしなくなるような対策をきちんと講じていないことが、いじめがなくならない構造の根っこにあると言えるでしょう。   

 

そうですね。暴力には暴力で対抗しましょう。暴力に説教では ‘ごまめの歯ぎしり’ になります。仁王様も山門で不法に対する力を示しています。                  

 

>加害者側を最も大きく動かすものは利害損得とコストパフォーマンスです。    

>いじめを根本から解決するためには、法に触れるいじめについては加害者をきちんと法的に処罰し(利害構造変更)、法に触れないいじめについては強制的にベタベタさせる集団主義教育をやめ、被害者が距離を自由に調節できる(加害者にとってのコストパフォーマンス変更)仕組みを作らければなりません」    

>子どもの選択肢を広げることが大事    

>では日本の場合、今すぐできる、いじめ問題の解決にはどういった教育制度の改革が必要なのだろうか。   

>「すぐにできる改革は、極端なまでに『みんなこころがひとつ』の身振りを強要し、強制的にべたべたさせる現行の学級制度を廃止し、生徒同士がお互いの関係を自由に調整できるような教育環境を作ることでしょう。   

>また、同時にいじめ加害者への対策として、暴力などの犯罪行為を行った生徒に関しては厳正に対処し、警察を介入させてきちんと法的に処罰することです。   

 

そうですね。警察の介入が必要ですね。       

 

>これら2つの改革を同時に実施すれば、短期間でいじめを激減させることができます。   

>内藤氏はフランスのいじめ対策のほとんどのポイントでは賛成しているが、一つの主要なポイントでは、市民社会の原理原則の面から反対している。   

>「加害者を強制的に転校させるというフランスのいじめ対策には大賛成です。   

>刑法で処罰するという点においては、従来の刑法に触れるいじめについても、まったく賛成です。   

>この点では、日本でもすぐにフランスと同じ政策を採用すべきです。   

>けれど、生活のおりおりの『嫌い』という感情が表に表れた言葉や、表情や、皮肉な笑い、無言のニュアンスなどを刑事罰の対象にすることは、市民社会の法の在り方として好ましくありません。   

>コミュニケーション操作系のいじめを刑事罰の対象にすることは、ひとりひとりの心や道徳(モラルハラスメントの『モラル』)や態度に法権力は踏み込まないという、法の原則に反します。   

>そのような意味で、悪口、『しかと』、『くすくす笑い』といったコミュニケーション操作系のいじめに対して、刑事司法は無力であるし、また無力でなければならないのです。    

>コミュニケーション操作系のいじめまでも刑事罰の対象にすることには反対です」   

>「それよりも、私が提案した、暴力系のいじめには学校の法化、コミュニケーション操作系のいじめには現行の学級制度の廃止するという政策の方が優れています。   

>ここでお話ししたことについて、より詳しく知りたい方は拙著『いじめの構造-なぜ人が怪物になるのか』をご参照ください」    

>内藤氏は、フランスの法律の「いじめの加害者を強制的に転校させる」、「暴力系のいじめを刑事罰の対象にする」といったことには賛成だが、コミュニケーション操作系のいじめをも刑事罰の対象にすることは、やるべきではないという。   

>フランスの法律を必ずしもすべて真似る必要はないが、日本もいじめ加害者側への対策を強化していく必要があるのではないだろうか。    

 

そうですね。犯罪は学内でも厳重に取り締まるべきですね。     

 

>(取材・文=瑠璃光丸凪/A4studio)   

 

 

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閲覧数74 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2023/12/03 10:38
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