>現代ビジネス >戦前の日本では、なぜ膨大な「架空戦記」が書かれたのか?戦後80年で「戦争シミュレーション」を分析しつくした本がヤバい >現代ビジネス編集部の意見・ >11時間・ >猪瀬直樹『戦争シミュレーション 未来戦記の精神史』(講談社)が刊行されました。 >超弩級のアカデミズム×ジャーナリズムの融合の書です。 >膨大に書かれた物語と評論 >かつて日本では、「日米未来戦記」と呼ばれる独特なジャンルの読み物が溢れていました。 >これは、近い将来に起こるであろうアメリカとの戦争をシミュレーションし、その勃発の経緯や展開を予測した物語や評論の総称です。 >単なるフィクションに留まらず、当時の世論や為政者、さらには外交・軍事の当事者にも無視できない影響を与えたとされています。 >なぜこのようなジャンルが数多く書かれ、人々を惹きつけたのでしょうか。 >猪瀬直樹氏の新刊『戦争シミュレーション 未来戦記の精神史』はこの謎に迫ります。 >未来戦記の起源 >実は、日本で初めて単行本として出版された「日米未来戦記」は、ドイツ製でした。 >19世紀末から20世紀初頭にかけて、ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世が提唱した「黄禍論(こうかろん)」という、東洋人(特に日本人や中国人)が白人社会を脅かすという考え方が背景にありました。 >例えば、カール・ブライプトロイの『ヨーロッパ諸国民よ!未来の戦争』は、ドイツ語版が1906年に発表され、日本では1907年に『黄禍白禍 未来之大戦』として翻訳出版されました。 >この物語は、日英同盟の破棄後、日本が中国全土を席巻し、フィリピンの米軍が降伏する様子を描いています。 >さらに、日本側の翻訳者たちは、原著にはない「日本空中艦隊」という新兵器を付け加え、これが世界大戦の決着をつけるという筋書きに改変しました。 >新兵器が勝敗を決定づけるという要素は、その後の日本製未来戦記の重要な特徴となっていきます。 >また、パラベラム(本名グラウトフ)が1908年に発表した『バンザイ!』は、さらに直接的に日米の衝突を描いています。 >この小説では、アメリカ人兵士が日本人を「黄色い猿」と蔑む差別的な表現が使われ、ハワイに停泊中の日本汽船が海底ケーブルを切断し、日本軍がハワイに奇襲攻撃を仕掛けて占領する様子が描かれています。 >さらに、日本軍はアメリカ西海岸に上陸し、オレゴン州を制圧します。 >この物語は、アメリカ人から見た「いつの間にか日本軍が忍び寄り、知らぬ間に戦争に巻き込まれる」という恐怖感を煽るものでした。 >これらのドイツ製未来戦記は、日本の脅威を煽り、自国の軍拡を正当化するプロパガンダとしての側面が強かったのです。 >リアルなシミュレーション >アメリカにおける対日危機意識は、ハワイ併合政策(1897年)を巡る日米の軍事的緊張をきっかけに生まれました。 >ジョン・ヘンリー・パーマーの『ニューヨーク侵略』(1897年)では、日本軍と日系移民が呼応してハワイに奇襲攻撃をかけ、成功させる展開が描かれています。 >このような「ひそかに忍び寄って不意打ちを食らわせる日本軍」というイメージは、後の作品にも定着していきました。 >しかし、日本で本格的に日米未来戦記が書かれるようになるのは、第一次世界大戦が終わった後のことでした。 >特に大きなきっかけとなったのは、1913年のカリフォルニア州における排日土地法制定と、1924年の排日移民法制定でした。 >これらの出来事により、日本国内でアメリカとの関係悪化への危機意識が高まったのです。 >その中で、水野広徳が1914年に匿名で発表した『次の一戦』は、日本製日米未来戦記として初めて商業的成功を収めました。 >水野は日露戦争に従軍した海軍軍人であり、その実戦経験に基づいた生々しい描写が特徴です。 >彼は、日米の軍事力や経済力(貿易額など)を客観的なデータに基づいて比較し、最終的に日本の敗北を予測します。 >彼の目的は、敗戦という結末を提示することで、軍備増強や国家総動員体制の必要性を訴える「警鐘型」の作品でした。 >専門家の登場と多様な展開 >1924年の排日移民法制定以降、日本における日米未来戦記はさらに定着し、多様な書かれ方がされるようになります。 >ヘクター・C・バイウォーターの『太平洋大戦争』(1925年)が日本に翻訳紹介されると、これを契機に、このジャンルの専門家が登場します。 >その代表格が、海軍出身の石丸藤太と、元文芸評論家の池崎忠孝です。 >石丸藤太は、冷徹なデータ分析に基づき、日本の敗北や戦争の危険性を警告する「警鐘型」の評論を多数発表しました。 >彼は、軍縮会議の交渉の内実や、各国の軍備拡張の動きを詳細に分析し、日本の置かれた状況を客観的に見極めようとしました。 >これに対し、池崎忠孝は、粗雑ながらも勢いのある筆致で「米国怖るゝに足らず」と題して、日本の勝利を楽観的に説く評論を多数発表し、ベストセラーとなりました。 >彼は、ワシントン海軍軍縮条約でアメリカの6割に抑えられた日本の戦艦保有率も、実質的な戦力には差がないと強調し、「日本艦隊は体格強壮な男子、米艦隊は脂肪性肥満質の大男」と分かりやすい比喩で説明しました。 >この二人の対照的な専門家が、警鐘を鳴らすリアリストと、読者の不安を払拭する楽観論者として、戦前の日米未来戦記の世界を牽引していくことになります。 >新兵器の活躍と精神論への変容 >日米未来戦記が人気を博した理由の一つは、架空の「新兵器」が活躍する娯楽性の高さにもありました。 >例えば、樋口麗陽は、第一次世界大戦のドイツを仮想敵とした「日独未来戦記」で新兵器を登場させていましたが、第一次世界大戦終結後は日米未来戦記の書き手となり、同様に荒唐無稽な新兵器を次々登場させるエンターテイメント作品を量産しました。 >さらに、福永恭助の「暴れる怪力線」(1932年)では、太陽光線の紫外線に強い電流を通すと物体を焼き尽くす「怪力線」という殺人光線兵器が登場し、アメリカ爆撃隊を全滅させ、日本を救うという展開が描かれます。 >平田晋策の少年向け冒険小説『昭和遊撃隊』(1935年)でも、日本の劣勢を覆す「青木光線」や「飛行潜水艦」といった新兵器が登場します。 >これらの新兵器の活躍は、ワシントン条約やロンドン軍縮条約によって規定された現実の海軍力の劣勢を、技術革新によって補いたいという当時の人々の願望を反映していたと推測できます。 >しかし、日中戦争の勃発(1937年)と軍機保護法の厳格化により、状況は変化します。 >軍事機密の範囲が拡大され、データに基づいた客観的な分析が困難になったことで、かつてのリアリズムは後退します。 >その結果、新兵器活躍型の作家たちは、防諜や防空といった戦時体制下における国民の心得を説くプロパガンダ色の強い作品を多く発表するようになり、石丸藤太や池崎忠孝といった評論家たちも、開戦直前には「日本は決して負けない」といった精神論を唱えるようになっていきました。
'敗因について一言いはしてくれ。我が国人が あまりの皇国を信じ過ぎて 英米をあなどつたことである。我が軍人は 精神に重きをおきすぎて 科学を忘れたことである' (昭和天皇)
>現代への教訓と「日米未来戦記」の面白さ >第二次世界大戦後、日本の「日米未来戦記」は一時的に姿を消しますが、冷戦終結後の1990年代には、日米貿易摩擦を背景に再び注目を集めます。 >しかし、これは一時的な現象に終わり、21世紀に入ると、日本の仮想敵国は中国へと移り変わっていきました。 >では、なぜ「日米未来戦記」というジャンルは、これほどまでに多くの人々を惹きつけ、数多く書かれたのでしょうか。 >まず、現実との連動性があります。 >このジャンルは、単なる空想ではなく、当時の国際情勢、国民の不安、政府の政策、そして社会の期待が色濃く反映された「精神史」でもありました。 >読者は、物語の中に自分たちの現実を重ね合わせ、未来への手がかりを探していたのです。 >次に、想像力の刺激があるかもしれません。 >まだ見ぬ未来の戦争、そしてそれを制する画期的な新兵器のアイデアは、人々の想像力を掻き立てました。 >特に、現実の軍事力の劣勢を、技術的な飛躍や独創的なアイデアで覆すという筋書きは、当時の日本人にとって大きな希望を与えたことでしょう。 >そして、多様な論調とエンターテイメント性です。 >楽観型、警鐘型、文明論、精神論、新兵器活躍型など、多岐にわたるタイプが存在し、それぞれが異なる視点やメッセージを提示しました。 >これは、当時の読者の多様な関心やニーズに応え、広い層にアピールするエンターテイメントとして機能しました。
これは漫画・アニメの様な大学の教養を必要としない下位の文化 (subculture) ですね。大衆に広がりやすいが力にはならない。
>未来戦記は、世論を動かし、時には為政者や軍事関係者にも影響を与えました。 >それは、メディアが現実社会に与える普遍的な関係性を示していると言えます。
日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人] 高等教育機関において自己の個人的な見解を明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひやるべき勉強です。 イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。 何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)
>「日米未来戦記」というジャンルは、明治維新以降、国際社会の中で自国の立ち位置を模索し続けた日本人が、未知なる未来と見えざる他者(アメリカ)をどのように理解し、対処しようとしたのかを映し出す鏡でした。
日本人には現実しかない。非現実 (考え・哲学) を語ろうとすれば、それは空想・妄想になる。日本語の文法には非現実の内容を語る術 (時制: tense) がないからである。
>その変遷を辿ることは、約80年で滅亡した大日本帝国の「失敗の本質」を理解し、現代を生きる私たちにとって重要な教訓を与えてくれるでしょう。
漫画・アニメの力では国は支えられませんね。下位の文化は大学の教養にとって代わることはない。
猪瀬直樹『戦争シミュレーション 未来戦記の精神史』(講談社)
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