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2020年10月15日(木) 

 

 

>360983 仕事がデキない東大卒

>匿名希望        20/10/14 PM10 

>受験生のころに頭のなかに思い描いていた理想の自分と、東大に入ってから突きつけられる現実――そのギャップを認識したうえで、「自分は決して特別な人間なんかじゃない」と開き直ることができれば気は楽になる。

 

そうですね。他にも立派な大学は沢山ありますからね。日本人の ‘井の中の蛙’ 精神は今も昔も変わりませんね。     

‘国内トップの東京大学は昨年と同じ36位。続く京都大学は54位と、昨年(65位)より順位を上げた。日本から200位以内に入ったのはこの2校だった。日本は全体ではランクイン数が多いが上位には食い込めていない’。(高校生新聞)   https://www.koukouseishinbun.jp/articles/-/6768  

 

>さらに「せめて、いまの自分にできることを一生懸命にやろう」とまで考えが至れば、前向きに生きていける。

> 僕にかぎらず、大半の凡庸な東大卒業生は、そういう気持ちの折り合いをつけて自らの人生を生きているはずだ。

>しかし、ごく一部に、現実を受け止められず、かといって努力で現実を克服しようともせず、東大以外の大学とその学生・卒業生を見下すことで、精神の安定を保とうとするものたちもいる。

 

そうですね。

日本語には階称 (言葉遣い) というものがある。だから日本語を発想する場合には、‘上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断が欠かせない。上下判断 (序列判断) には、通常、勝負の成績が用いられる。近年では偏差値なども都合の良い資料として利用されている。

日本人の礼儀作法も、序列作法に基づいている。だから、序列なきところに礼儀なしである。

礼儀正しい日本人になる為には、世俗的な序列順位を心得ている必要がある。'人を見損なってはいけない' という想いが強迫観念の域に達していて、堅ぐるしい日常生活を送っている。日本人の尊敬は、序列社会の序列順位の表現に過ぎないため、個人的精神的な意味がない。だから、日本人の尊敬には浅薄さが付きまとう。   

 

>それが、「プライド肥大型」の東大卒だ。 

 

東大卒以外の日本人も例外なく序列社会に住んでいて、堅ぐるしい生活を強いられていますね。   

 

>彼らのものの見方は、「平家にあらずんば人にあらず」ならぬ「東大卒にあらずんば人にあらず」である。  

 

日本人には昔からそういう性質があったのですね。今の時代に国際社会に順応するのが難しいですね。36位は気にならないところですかね。鈍な日本人の価値観のゆがみですね。         

 

>このような特権意識が形成されるのに理由がないわけではない。>事の起こりは、彼らが東大受験生だった時期だ。> 一般的に東大を受験しようとするとき、高校の授業や独学では情報量が足りない。>そのため受験生の多くは現役・浪人を問わず予備校に通うことになるのだが、志望校を東大1本に絞って専用の試験対策をとることで勉強の効率は大幅にあがるため、たいていは各予備校に設置された「東大受験コース」を受講する。> 営利企業である予備校は受験生に最大の成果を与えるためにカンニング以外のことはなんでも指導する。 

 

東大受験生は、別に学問 (非現実) をしているわけではありませんからね。処世術 (現実) の習得に励んでいるだけですからね。人生における努力の方向が間違っていますね。

非現実 (考え) の内容は、英語の時制のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。その内容は世界観と言われている。世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその内容を埋めて行く。自己の 'あるべき姿' (things as they should be) もこの中にある。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実の内容を批判すれば、批判精神 (critical thinking) の持ち主になる。批判精神のない人の文章は、現実の内容の垂れ流しになる。

日本語の文法には時制がない。だから、日本人には世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。自分たちの浅はかさを論じる能力もない。マスコミも現実の内容をただ垂れ流す。だから、個性がない。個人主義が理解できない。本人にも相手にも何を考えているのかわからない。だから、相手からも信頼されない。協力者が得られない。社会に貢献する度合いが限られる。

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。時制を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。  

 

(略)

 

 

.

 

 

 

 

 

 


閲覧数26 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2020/10/15 05:02
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