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2022年06月17日(金) 

 

>改憲による戦争か平和かの岐路 6月参議院選の重要な争点 日本列島を戦場にするな   >政治経済2022年5月24日   

 (略)

> 6月22日公示、7月10日投開票の参院選までおよそ1カ月余りとなった。 >その後は3年間国政選挙がないことから、為政者がやりたい放題できる「黄金の3年間」などといわれ、改憲、消費税増税(財界は19%を求めている)、社会保険料の値上げ、諸々の新自由主義政策、対中包囲網を意識した好戦的外交・軍事力の増強など、さらに歯止めが効かずにのめり込んでいくことが予想されており、日本社会の針路を巡って極めて重要な選択となる。  

 

戦前は為政者がやりたい放題になっていましたからね。敗戦の経験は我々の有益な教訓にしなければなりませんね。     

 

>この選挙の争点は何か、とりわけ国際情勢がめまぐるしく展開しているなかで目玉となっている改憲の動きと合わせて、記者座談会で論議してみた。 >米中対立の最前線に立たされ  > A 公示まで残すところ1カ月なのに、巷では選挙の空気がまるでない。   

 

そうですね。わが国の選挙の空気は国際情勢の目まぐるしさとは対照的ですね。  

 

>自民党もおとなしいが立憲民主をはじめとした野党側も驚くほど静かで、唯一れいわ新選組が連日全国で街宣をくり広げているくらいだ。 >総じて無風状態の選挙にして寝た子を起こさず、これまで同様に自民党&公明党で国会のイスを総なめしようという算段なのだろう。 >低投票率狙いなのは毎度おなじみだ。 >国民の政治離れをもっけの幸いにした自公(支持率25%)体制なのだ。   

 

そうですね。やりたい放題ですね。国民は相変わらずノンポリ・政治音痴です。国民の政治離れは伝統的ですね。歴史は繰り返すということですかね。       

 

> 台頭する維新といっても自民党の別働隊というか、むしろより剥き出しの新自由主義政策の推進勢力であって、本質的には野党と呼べるものではない。 >そして民主党から枝分かれした国民民主も自民党にすり寄り、旧民主党の基盤であった連合も自民党になびき、一部例外を除いて政治的に対抗していく政治勢力が乏しいのも特徴だ。

 

野党は ‘ノンポリ・政治音痴’ の国民に対して新機軸を打ち出せないでいるのですね。   

 

>現状では突出した結集軸がない。 >そうして国会という小さなコップのなかで、一部例外を除いて与野党ともにみんなして仲良くまとまっている印象だ。 >一部例外という表現をするとれいわ新選組の支持者に怒られるかもしれないが、空気を読まずに暴れているのは所属国会議員5人のれいわ新選組くらいで、それは国会のなかではまだ一部といわれても仕方がないものがある。 > 与野党が「対立」しているといっても茶番ではあったが、この10年来の国政選挙で幾度となく顕在化してきた野党解体が実に効いているし、この存在感がかつてなく弱まっているのに特徴がある。   

 

無哲学・能天気の国民の政治には飽き飽きしてきますね。   

言語は伝達の手段であるばかりでなく、思考の重要な手段でもあります。ですから我々の考えの疎かな所は日本語のせいであることもあります。   

非現実 (考え) の内容は、英語の時制のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。その内容は世界観と言われている。これらの三世界は時制により構文が異なるので、同次元で語ることができない。それで独立した三世界になっている。この規則を the sequence of tenses (時制の一致) と呼ぶ。日本人の初学者が英論文を書くときに難渋する規則である。 

世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその内容を自分自身で埋めて行く。自己の 'あるべき姿' (things as they should be) もこの中にある。来るべき世界の内容を語ることは、時代を先取りすることである。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実 (things as they are) の内容を批判 (縦並びの比較) すれば、批判精神 (critical thinking) の持ち主になれる。批判精神のない人の文章は、ただ現実の内容の垂れ流しになる。全ての事柄は他人事になる。これは子供のようなものである。日本人も英米人も子供の時には非現実 (考え) の内容というものがない。だから ‘話を告げる’ (to tell a story) ということは、’作り話をする’ とか ‘嘘を吐く’ という風に受け取られて悪い子供とされている。この判定だけがわが国では一生涯続く。

日本語の文法には時制がない。だから、日本人には非現実を内容とする世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。残念ながらマッカーサ元帥の '日本人12歳説' を否定できる人はいない。  

意見は比較の問題である。現実の内容と非現実の内容があれば批判精神が発揮できる。英米人の意見はこれである。これは縦並びの比較ということができる。建設的である。進歩が期待できる。希望が持てる。現実の内容だけであれば、その比較は '現実' 対 '現実' の上下判断 (横並びの比較) になり、'どっちもどっちだ' がある。そこで、不完全な現実に囲まれて無力感に苛まれる。この種の比較は復讐に復讐を重ねる民族同士の争いの原動力にもなっていて進歩が期待できない。 

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)   

 

>自公が強くて国民から支持されているというよりも、民主党解体からこの方の野党弱体化が進行して今日に至っている。  >連合が隠すことなく自民党ににじり寄っているのもなんだか象徴的だ。 >そんな光景に有権者はなおさら幻滅し、興ざめしている。   

 

そうですね。日本人は ‘ノンポリ・政治音痴’ ですからね。処世術 (損得勘定) がいよいよ日本人の全てになりましたね。政治哲学のない政治は誰がやっても皆同じという事ですかね。       

 

(略)   > B 国会の翼賛化が著しいのも特徴ではないか。 >ゼレンスキーの演説に自民党から共産党までがスタンディングオベーションしていたのが象徴的だったが、「ちょっと待て」「なぜ中立の立場で関われないのか」「どちらにも与せず停戦を求めて動くべき」という冷静な声がかき消され、欧米vs.ロシアの矛盾に対して問答無用でアメリカ側に与していく。 >そこにはなんの引っかかりもなかった。    

 

そうですね。‘和を以て貴しとなす’ という教えからすると、対立は良くないことですね。無哲学・能天気な日本人には、右も左も考えられないことですね。      

 

> 極めて好戦的なプロパガンダに乗せられた空気のなかで、客観的かつ冷静に日本独自の関わり方を唱える政党がなく、一緒になって国際紛争のなかで拳を振り上げていく鳥肌が立つような政治状況なのだ。  

 

赤くも青くも成らないのであれば、日本人はインド人のようになりますね。インド人は組しないですからね。    

 

>それでは日本社会は平和から遠ざかってしまう。 >戦争の当事者として引きずり込まれる方向だ。 >日頃から平和を叫んでいる者までみな熱狂の虜になっていく光景は異様だった。 

 

そうですね。自己の意思を示せば当事者・関係者となります。示さなければ傍観者にとどまります。わが国は世界の中にあって、世界に属していないのでしょう。    

 

> 対ロにおける対応を見る限り、今後ますます米中対立が激しくなるなかで、対中の矛盾が激化した日には、共産党まで含めて欧米「民主主義」の側から排外的に「やっちまえ!」になることが十分に予想され、そうなると暴支膺懲(ぼうしようちょう・横暴な支那を懲らしめろ)を叫んで突っ込んだかつての戦争と何も変わらないではないかと思う。    

 

中国の現政権は人権問題や立憲民主主義に理解がないですからね。民主主義国は近寄れないですね。      

 

> この間のウクライナ対応で明らかになったのは、国会の挙国一致体制は先んじて進んでいるという事実だろう。 >用意された台本通りに自民党から共産党までがスタンディングオベーションしているのだ。 

 

我が国は民主主義国として、国民が足並みを揃えていますね。   

 

>そしてNATOの会合にも日本が呼ばれて、下手すると欧米vs.ロシアの矛盾のなかに引きずり込まれる危険性すらある。 >いや、既に引きずり込まれているし、後戻りできないたいへん危険な方向に向かっている。

 

受け身的な表現は良くないですね。このような考え方をしていると何か事を起こった時にその責任の所在がはっきりと意識されませんからね。    

 

>改憲で戦争できる国に 争点化避ける自民党   > C 参院選後の「黄金の3年間」で現実的に想定されるのはまず改憲だろう。  >憲法審査会を既に何度も開いているが、ウクライナ危機と関わってここぞとばかりに改憲勢力の鼻息は荒いものになっている。  >敵基地攻撃とか敵国中枢への武力攻撃、あるいは核共有などを安倍晋三が叫び始め、防衛費をGDPの2%すなわち10兆円以上にも増やすべきだとかの声が自民党から公然と上がり始めている。 > 防衛費の増大とは、とどのつまり米軍産複合体への貢ぎ物にほかならないが、「もっとカネを寄こせ」という力が海の向こうから加わり、米中戦争の鉄砲玉にされるのとセットで巻き上げられる関係だ。 >米本土防衛の盾として命を差し出してカネまでむしられるというひどい話なのだ。  

 

人の心理は ‘隙あらば狙う’ ですからね。それでわが国は敵対国にはスキを作らないことが肝心ですね。  

政治の真価は未来 (非現実) の先取りすることにありますね。国家に関する処世術 (損得勘定) ばかりに気を取られていては誰がやっても同じ政治になりますね。現実の内容にかまけていては時代遅れになるばかりでしょう。日本人には現実があって、非現実 (考え) がないところが問題ですね。  

 

> 日本社会の平和のためには軍事的な緊張ではなく、いかなる国とも平等互恵の関係を切り結び、国際社会のなかで平和的に共存していく以外にないのに、軍事的緊張を煽って「国防」強化なのだといって戦争に前のめりになっている。   

>あえて脅威にさらしてどうするのかと思うが、アジア近隣諸国に対する喧嘩腰外交をやって、アメリカの競争相手である中国との関係に亀裂を作り、実は経済的繁栄を犠牲にしているのだ。  

 

そうですね。現実直視が必要ですね。人の考えは千差万別ですからね。

思慮の深い人は ‘現実を直視してよく観察して考える’ が、能天気の人は ‘自分の期待したもの’ しか耳を傾けようとしない。だから詐欺の被害にあう。    

 

> D 今やろうとしている改憲とは一言であらわすと戦争体制作りであり、九条をはじめ戦争放棄の国是を投げ捨てて、戦争できる国にするという単純な話だ。    

 

‘時代は変わる。国是も変わる’ ということでしょう。       

 

>現憲法すらまともに遵守していない者が改憲を叫んでいて話にならないのだが、軍事力の行使を可能にするために憲法を書き換え、緊急事態条項をはじめ、いざとなったら権力者にとって好き放題ができる体制にするというものだ。

 

権力者を注意深く見張る必要がありますね。国民は権力者の恣意を認めてはなりません。政治の丸投げなど、もってのほかです。          

 

>自民党の改憲草案がそれを正直に反映している。> 現憲法が絶対的で聖域であるとも思わないが、自民党が参院選後にやろうとしているのはそういうことだ。  >参院選後に改憲をするというのであれば、自民党は今回の選挙で改憲を前面に押し出して争点にしなければならないのに、低投票率の無風選挙で乗り切ろうとしている。 >極めて姑息だ。  

 

そうですね。自民党は改憲に自信がないのでしょうかね。   

 

>「新しい資本主義」とかの抽象的な言葉遊びで煙に巻いて「黄金の3年間」でリーチしようとしている。 > C 改憲にせよ、軍事力強化にせよ、結局のところ米中の覇権争いが激化しているもとでアメリカから要求されていることを忠実にやっているに過ぎない。

 

日本人にはアイディアも無く、責任もないですからね。 全ては受身の発想によるものですね。      

 

>あーせい、こーせいとアーミテージ・レポート等々で事細かに指示され、米軍再編や自衛隊の指揮系統の整備、自衛隊の米軍の二軍化などもやってきたわけだ。>第二次大戦後のパクス・アメリカーナ(米国一極支配)が陰りを見せ、イラク、アフガンもあの様で、アメリカが相対的に力を失っている。  >そのなかで軍事的にも日本を駆り出し、米軍産複合体が武器を売りつけながら対中包囲網のなかに組み込んでいる。 >その戦力としての必要性から改憲なり軍事力強化が動いている。

 

日本人には意思がない。だから受け身の発想ばかりになる。実に情けない人間の態度ですね。      

 

>石垣島に建設中の陸上自衛隊ミサイル部隊基地(昨年12月)   > A 南西諸島へのミサイル部隊配置など露骨だが、近距離から中国にミサイルを向けるというのだから、それ自体かなり挑発的だ。 >ウクライナを見ても、ロシアはNATO加盟によってミサイル配備などの軍事的脅威にさらされることを懸念して軍事侵攻に踏み切ったが、ミサイルを向けられる相手からするとそのように重大な脅威になる。  

 

領土拡張には口実が必要ですからね。弱小国であれば、その口実も必要でない。 わが国には軍事的脅威はないのですかね。        

 

>同時に、南西諸島の住民にとっては、郷土の島々が逆に狙われることを意味し、まさに「捨て石」にされる関係だ。  >沖縄の本土復帰50年などとメディアが特集を組んだりして、本当に白々しい限りなのだが、さらに基地を拡大して標的として晒しているのだ。 >何も変わってはいない。   

 

我が国の改革には政治家の意思の強さは必要ないようですね。   

‘明治というあの大変革・大躍進の時代にも、一人のナポレオンもレーニンも毛沢東も必要でなかった’。 (イザヤ・ベンダサン)   

 

>平和な島々が軍隊がいることでたちまち的にされる。   

 

受け身ばかりの発想法で実に情けない気持ちになる。未来に対するもっと大きな構想を掲げよう。         

 

> B 米軍再編と連動して、九州地方や西日本の米軍基地、自衛隊基地は相当に強化されてきた。  >極東最大の出撃基地となった山口県の米軍岩国基地が最たるものだが、戦後77年もたってさらに最新鋭化した基地に生まれ変わり、いったいこの先何十年居座るつもりなのかと思うものがある。 >基地の建設費はみな日本政府の負担で、防衛省発注の仕事にゼネコンがまぶりつき、基地内の仕事にありついた孫請けやひ孫請けの企業にいわせると、「基地建設のカネは打ち出の小槌みたく大盤振る舞いだ」とバブル状態だった。 >ゲートの外の世知辛い仕事と違って利益率もすこぶる良く、感覚がおかしくなるほどだったと――。   

 

きっと潤沢な防衛予算が用意されているのでしようね。    

 

> 山口県民からすると、基地問題については辺野古に全国の視線を釘付けにしながら、実はもっとも力を注いできたのが岩国基地だったという実感がある。 >基地内だけでなく、愛宕山も米軍住宅すなわち基地の飛び地として接収され、郵便物の住所としてもカリフォルニア州・岩国なのだ。 >道路からなにから都市改造もすさまじいくらいに進んだのがこの20年来で、すべての巨大道路群が基地へとつながっている。“基地の街”ではなく“街が基地”みたくなった。   

> そして沖縄と同じように岩国も低所得地域で住民の暮らしはちっとも良くならない。 >広大な一等地を米軍基地として占有されて産業の発展が阻まれ、周辺では帝人の工場の煙突も戦闘機の飛行の邪魔になるといって切られたり、歴史的にもそんな調子なのだ。

 

日本語は写生画の言葉ですからね。いくら実況放送・現状報告の内容を書き連ねても、国民の進むべき道は明らかになりませんね。読者もうんざりしている。だから、報道関係の人も無哲学・能天気の人であっては困ります。      

 

> D 岩国に限らず、九州地方の自衛隊基地なども軒並み軍事的機能を強化してきた。 >佐世保しかり、佐賀空港のオスプレイ配備も決着がついたわけではなく、築城や新田原なども滑走路延長で米軍がいつでも利用できるし、前述の通り南西諸島はレーダー基地やミサイル部隊配備。  >馬毛島は戦闘機の着艦訓練基地として接収。 >それらすべては対中国を意識した配置だ。 > 基地問題とは沖縄に限ったものではなく、いまや日本列島そのものが不沈空母化している。   

>米軍の司令部はグアムに引っ込み、最前線の不沈空母の司令部は横田幕府。 >その米軍の指揮系統に自衛隊が組み込まれて、手となり足となって鉄砲玉として利用される。  > 客観的に見てみると、やっていることは「日本を守る」ではなく、日本を盾、ミサイルの標的にして米本土を守っているのだ。   

 

それが不満であるならば、日本は自分自身で行動を起こすべきですね。    

 

>盾になるとは最前線の戦場になることであって、日本列島が焼け野原になろうが海の向こうのアングロサクソンには関係のない話なのだ。 >日本を盾にして中国との軍事的緊張のクッションにしているのがアメリカだ。  >それは緩衝国家だったウクライナと同じ境遇であることを教えている。   

 

そうですね。   

‘ロシアが力による現状変更を行っている国はG7(主要7カ国)では日本だけだ。 北方領土だ。 だから、ウクライナ問題で、ロシアを一番強く批判しなければいけないのは日本だ。 (小野寺元防衛相)   

 

>戦争などできない現実  原発54 基も抱え  (略)  > A ただ、現実的に考えて日本列島は戦争ができる国土ではない。  >原発を54基も抱えながら敵基地攻撃などといっているのを見ると、なにをイキっておるのかと思う。   

>やったらやられるわけで、現実が見えているのか? と。 >原発がミサイル攻撃の標的に晒されただけでお終いだ。  >陸続きのウクライナと違って国民は逃げ場がない。 >ウクライナでの戦況を見ても、国際的な視線もあるなかで実際に原発へのミサイル攻撃が現実と化すかはわからないが、イスラエルがイランの原発にミサイルを撃ち込んだ例もあるわけで、軍事的には存在そのものが脅威だ。  

 

原発は廃止した方が良いですね。     

 

> あるいはライフラインを見ても、鉄道、道路、物流などがやられたらひとたまりもない。  >電気、ガス、水道がやられるだけでもたちまち暮らしは麻痺してしまう。 >戦場になったらどうなるか?  >具体的に考えれば考えるほどバカげているし、とてもではないが77年前よりもむしろ脆弱なのが現代社会だろう。 >食料だってないのだ。

 

77年前の資料の勉強が必要ですね。軍国日本の資料は豊富でしょうね。 しかし、中露は侵攻をやめないでしょうね。侵攻の口実なら幾らでもつけられるでしょうからね。       

 

> B なんだか中国と「やんのか! おらっ!」みたいな人たちもいるわけだが、「戦争なんてするもんじゃない」が当たり前な世の中でない方がおかしいのだ。   

 

勿論、普通の人間は戦争を望まない。しかし、国民を戦争に参加させるのは、常に簡単な事だ。とても単純だ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ。 (ヘルマン・ゲーリング)   

 

>対中包囲網というけれど、そもそもなぜ日本が中国なりロシアと敵対しなければならないのか。   

 

日本は民主主義の国ですね。中露は権威主義の国です。国の体質が違うので、わが国は中露とは距離をおいた方がよいです。     

 

>アメリカが世界覇権の座を巡って中国と対立しているからといって、なぜ日本がアメリカの側に与して、ミサイルを向けあうような物騒なことになっているのか、頭を冷やして考えなければならない。   

 

義を見てせざるは勇無きなり。義は処世術 (現実・損得勘定) だけ知っていてもわからないことです。我々の政治は時代の先取りをする必要があります。’我々は何処に行くのか’ の問題です。無哲学・能天気ではいられません。ノンポリ・政治音痴よ、さようなら。さすればわが国の投票率も上がります。    

 

>台湾有事なども問題になっているが、それは中国国内の問題であって、日本は部外者以外のなにものでもない。   

 

自己の意思を示せば当事者・関係者となる。示さなければ傍観者にとどまる。意思の無い我が国は世界の中にあって、世界に属していない。権威主義と民主主義の違いは我々日本人にとって問題にならないのか。       

 

>国際的に見てもしゃしゃり出ることの方が異常なのだ。

 

地球は小さくなった。我々は地球村の村民ですね。声なき民の声が聞こえて来る。我々はそれに感動をおぼえるか。これは風流とはちがいますね。     

 

> A 米中対立は今後ますます激化するだろうが、それは資本主義の不均衡発展にともなって必然的にもたらされている。  >その争いのなかで軍事的な緊張も高まっている。 >先行して資本主義体制を謳歌していた側が廃れ、資本主義の次男坊ともいえる旧社会主義国が台頭し、市場争奪をかけて熾烈な争いをくり広げている。 > 体制としては共産党一党独裁でありながら経済は資本主義というのだから、マルクスとかレーニンが生きていたらどう感じるのだろうかとも思うが、世界は1917年のロシア革命から一周まわって、そのような状態に至った。 >アメリカは国内もボロボロで貧困大国となり、世界を股にかけて軍事力を展開するといってもその力を失いつつある。  

 

そうですね。アメリカ人の掛け声は ‘夢よもう一度’ ですね。    

 

>一方で資本主義のフロンティアはアジアに移り、中国が一帯一路を動かし始めたり、「アジアの世紀」といわれる時代が到来している。>遅ればせながらというか、むしろ遅れてきた分、市場として伸びしろのある地域になっているのだ。   

 

そうですね。しかし無哲学のサルには毛が三本たりない。      

 

>この市場争奪の激化が米中対立の本質で、覇権を巡る暗闘でもある。  

 

中国は中原 (ちゅうげん) に鹿を逐 (お) う伝統的な覇者の国である。だから、覇者の物語 '三国志' は、中国人の愛読書となっている。覇者は周辺諸国に覇権を打ち立てようとして傍若無人のふるまいをし、多大な迷惑をかけている。これは皇帝の時代も国家主席の時代も漢民族のメンタリティが同じであるから変わらない。漢民族は、自分たちの考えを示すために漢字を作った。しかし、彼らは外国人の考えを示すための漢字は作らなかった。だから、外国人に対して自己の内容を発信はできるが、外国人からの内容を受信することは難しい。独断専行に陥りやすい。印欧語族のインド哲学を経文 (漢文) に表すことが至難の業であることがわかる。漢文の書物をいくら読んでも外国人の考えは出てこない。だから、中華思想を堅持し自己中心的にならざるを得ない。周辺諸国を中国化することに専心してやまない。中国人が外国人の影響を受けて発想の転換 (paradigm shift) をすることは期待薄である。

・・・・・

中華 (ちゅうか)  [外国との交渉が少なかった時代に] 自国を、世界の中心にある、一番優れた国とみなしたこと。[狭義では、漢民族のそれを指し、またその呼称としても用いられる]    東夷 (とうい)  [東方の野蛮人の意] 昔、中国から見た東方諸国の称。[広義では朝鮮・沖縄を含み、狭義では日本を指した]     南蛮 (なんばん)  [南方の野蛮人の意] 昔、中国で、インドシナなど南海地方の諸民族の称。 西戎 (せいじゅう)  [西方の野蛮人の意] 昔、中国で、チベット族やトルコ族など西方の異民族の称。北狄 (ほくてき)  [北方の野蛮人の意] 昔、中国で、匈奴 (きょうど)・韃靼 (だったん) などの遊牧民族の称。 

 

> D 日本としては、こうした世界の矛盾のなかでどう立ち振る舞うことが国益にかなうのかだが、拳を振り上げてオラオラするのは最も愚策だろう。 >なんでもかんでもアメリカに与すれば良いというものではない。 >おかげで米中対立に巻き込まれて武力衝突するなど最悪の事態で、もっとも回避しなければならないものだ。 > こうしたことをいうと、すぐに右側とか親米派から「親中派」のレッテルを張りに来るのがいるが、そんな二元論に落とし込めるほど単純な話ではない。 >平和な日本社会であるために、もっとも現実的な選択肢は何かを考えなければならないのだ。  

 

受け身ではなく我々独自の積極策が必要ですね。わが国には誰か良い考えの持ち主はいないものか。わが国には人手不足はあっても、頭脳不足の話はない。           

 

>緩衝国家だったウクライナがあのようになっているのも他人事ではないし、安倍晋三あたりがオラついて武力衝突に発展するなど悲劇以外のなにものでもない。 > A リアルに想像してみて、経済安保をいうなら「アジアの世紀」の一員として加わることの方がはるかに経済的にも有益であろうし、米中の軍事的緊張の片側の一員になるのではなく、東アジアに存在する国として中国とも関係を切り結び、ロシアとも独自外交を展開しなければどうにもならない。

 

そうですね。我々日本人には自主独立の精神が必要ですね。   

 

>今になってサハリンの権益を手放そうとしているが、まるでイランのアザデガン油田から撤退したのとそっくりで、いつもアメリカに与して貧乏くじばかり引かされている。 >実際には国益を放棄しているではないか。 >それこそ散々投資して開発までやり、権益は丸ごと中国企業に持って行かれるというなら、対中でムキになっているくせに願望と行動がとっちらかっていて、何がしたいのかさっぱりわからない。

 

処世術しか知らない人は国際政治には不向きですね。もっと教養のある人が必要ですね。教養とは考え (哲学) のことです。教養があれば、外国人からも信用が得られます。     

 

> C だいたい米中対立の先兵になるといっても、日本の最大の貿易相手国はダントツで中国なわけで、その規模はアメリカをはるかに凌いでいる。 >既に経済的な依存度も半端ないものになっており、対立よりも友好関係を優先する方がはるかに有益だ。  

 

ヤクザからの利益供与は受けない方が良いですね。   

 

>韓国との関係もようやく雪解けに向かうかに見えるが、アジアの近隣諸国と健全な関係を切り結ぶ努力をして、アジアのなかで生きていくことが日本にとってもっともベストな道なはずだ。  > ミサイルを向けあうような物騒な緊張関係ではなく、互いに信頼関係を築けるよう平和外交に努めることが大切だ。 >アメリカから「オイ、オマエ少し噛みついてこい!」と命令されてワンワン吠える犬ではなく、独自外交をしなければアジアの孤児にもなりかねない。   

 

そうですね。犬には哲学がない。自己の意思を表せば当事者・関係者となる。表さなければ傍観者にとどまる。わが国は、世界の中にあって、世界に属していない。   

日本人には意思 (will) がない。つまり、無心である。意思は英語の未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there's a will, there's a way. 日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。おとなしい。優柔不断・意志薄弱に見える。能動がなくて受動ばかりの生活を送っている。だから戦時中は、玉砕するまで戦い抜いた日本兵であった。困った時には '他力本願・神頼み' になる。思考停止に陥っていて生きる力 (vitality) が不足している。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)

どうやら '指示待ち人間' ができあがったようです。この筋道で成功すると、後追いの専門家になりますね。後追いの人は世論指導者としては適格ではないでしょう。 

 

>77年前の惨状繰返すな 近隣諸国とは友好を   > A 軍備強化や軍事的な面においてのマッチョな安保論議のみに傾斜しているが、真面目に考えて、経済安保の面から見ると多国籍金融資本の食い物にされてきたのがアベノミクスで、何が安保だよ! とも思う。 >おかげで急激な円安に見舞われ、輸入依存がすごいために物価も跳ね上がり、いまや暮らしはたいへんなことになっている。 >安保について本気で心配するなら食料自給率のひどさも自覚しなければならないし、そのための施策もうたなければならない。 > しかし、それらはほったらかしにして、軍事力強化こそが安保なのだといわんばかりだ。 >そして対中、対ロ、あるいは北朝鮮の脅威を押し出しつつ、米軍産複合体に10兆円以上もむしりとられる道を進もうとしている。 >余りにもバカげている。   

 

中国・ロシア・北朝鮮は権威主義の国ですからね。わが国とは国の体質が合わないでしょうね。ノンポリ・政治音痴の状態で処世術 (損得勘定) の道を突き進めば、77年前の惨状になるでしょうね。          

 

> D やはり睨み合いではなく友好関係を築け!の主張を強いものにしていかなければならない。 >平和で豊かな日本社会を築いていくうえでもそれが最善の道だろう。武力による血なまぐさい争いを回避し、何事も平和的に問題解決にあたる。そんな世界であり、国にしていくことが最大の国防であろうし、そういう意味で参院選後の3年間は重大な岐路に立たされる。

 

政治哲学のない ‘ノンポリ・政治音痴’ の状態を続けていながら、‘和を以て貴しとなす’ の一点張りですからね。人間として大切なものが抜け落ちていますね。     

 

> B 選挙そのものは今のところ盛り上がる気配すら見えないが、争点を鮮明にしていくことが必要だ。 >無風で自民党が安泰を貪るような選挙にしてはならない。

 

そうですね。我が国民の無哲学・能天気の状態を改めましょう。そうでなければ、わが国の英米流高等教育はなりたちません。       

 

>今回は参院選後の改憲についてテーマを絞って論議してみたが、日本社会の現実について様々な分野やテーマから掘り下げ、どうしていくことが求められているのか今後も機会をもうけて考えてみたい。 > A いわゆる改憲テーマというと、プロ市民の専売特許的な問題として見られがちだが、そうではなく日本社会がどっちに向かって進むのかを巡って、抜き差しならない重大問題として無視できないものだ。   

 

そうですね。政治の本質は未来の先取りにありますね。各人に哲学は必要である。Everyone needs a philosophy.     

 

>参院選後にいよいよ改憲プログラムが動き出すというなら、国民的な議論が求められるところで、自民党が争点を隠すならむしろ引きずり出さなければならない。   

 

そうですね。国民的な忌憚ない議論が必要ですね。自己の政治哲学があるのなら、少しも隠すことはないですね。    

 

> 戦争体験者が高齢化して亡くなり、かつての大戦を知らない世代が増えているなかで事は動いている。 >あの大戦がなんだったのか、誰がなんのために引き起こして誰が犠牲になったのか、戦争のリアルを知り、次世代に引き継いでいくとりくみも重要性を増しているように思う。   

 

'敗因について一言いはしてくれ。我が国人が あまりの皇国を信じ過ぎて 英米をあなどつたことである。我が軍人は 精神に重きをおきすぎて 科学を忘れたことである'  (昭和天皇) 

 

> 非戦の誓いには、親兄弟を奪われ、塗炭の苦しみを強いられた国民として、もう二度とくり返させてはならないという痛切な思いが込められている。 >権力の側がその呪縛から解き放たれて暴れようとするとき、やはり全力で縛りに行く力が必要だ。

 

そうですね。わが国は責任者不在の社会ですからね。    

‘誰も責任を取りたがらず、誰も自分に責任があると言わなかった。・・・・・ 一般国民が軍部や文民官僚の責任と同等の責任を負っていると心から考えている人はほとんどいなかった。’   (ジョン・ダワー 増補版 敗北を抱きしめて 下) 

 

> 77年前の大戦で死んだ命がとり戻せないなら、現代を生きるわたしたちは死なないためのたたかいを全力でやらなければならないのだ。 >「あの時抗っていれば…」と後悔しても後の祭りなのだ。   

 

そうですね。’後悔先に立たず’ ですね。   

 

 

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閲覧数19 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2022/06/17 14:28
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