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2023年12月31日(日) 

 

>JBpress   >全国学力調査のランク付け、やまません? 教育現場をすり減らす無意味な序列化   >寺田拓真によるストーリー   >・10時間   

> 文部科学省は12月21日、2024年度の全国学力・学習状況調査を4月18日に実施すると、全国の都道府県教委に通知した。   

>この結果は例年、文科省が都道府県・政令指定都市別の平均点を公表し、都道府県によっては市町村別の平均点も公表されている。   

>各市町村の判断によっては、さらに学校ごとの公表も可能だ。   

>元文部科学省キャリア官僚の寺田拓真氏(現・広島県総務局付課長)は、こうしたランク付けは「ナンセンス」であり「アンフェア」だと訴える。   

>それはなぜか?    

>寺田氏の新著『教育改革を「改革」する。』(学事出版)より一部を抜粋・再編集し、お届けする。(JBpress)   

>#1 “誰一人取り残さない”はずが格差拡大?ICTによる個別学習がはらむ副作用   

>#2 楽しそう!でも続かない…個別ICT教育に内在する教育格差“再生産”システム   

>教育改革のカギを握るのは「教師の成長」   

> 僕の夢は「子どもの自殺をゼロにすること」、そして僕のビジョンは「学校を、もっともっと『自由な場』にすること」です。   

>そのためには、表面上の取組ではなく、その根っこにある学校のインフラストラクチャー、すなわち「前例踏襲と横並びの学校文化」を変える必要があります。   

 

そうですね。「前例踏襲と横並びの文化」には夢と希望がない。   

 

> ですが残念ながら、トップダウンによる改革には、この文化を変えることはできず、むしろより強固なものにしてしまいます。   

 

そうですね。上意下達はわが国の古い仕来りですね。   

 

>そうではなく、必要なのはボトムアップの改善なのですが、こちらも残念なことに、現在の学校や教師には、自分自身が変化し、学校文化を変化させていくために必要な「四つのリソース」(カネ、ヒト、盾、自律性)が、いずれも決定的に不足しています。   

 

そうですね。日本人には意思が無い。意思の無い人間には責任もない。       

自己の意思を表明すれば当事者・関係者となる。述べなければ傍観者にとどまる。日本人には意思が無いので常に傍観者になっている。わが国は世界の中にあって世界に属していない。     

 

> これを打破するための道として、本書『教育改革を「改革」する』では教師の「真の専門職化」を提案しています。   

> ここでもう少し突っ込んで、「四つのリソースの欠如」を乗り越えるために、なぜこれが必要なのかについて説明したいと思います。

> ご覧の通り、四つの要素は互いに作用し、絡み合っています。   

>しかし、ここで注目していただきたいのは各要素の中央、互いをつなぐものとして「成長の機会の欠如」が存在していることです。   

> これまで教育行政や政治は、様々な法令や通達やプランを策定したり、(競争と管理による)プロジェクト型の予算を立案したりして、現場の改革を(半ば強引に)促してきました。   

>しかし、この状況を真に改善するために必要なもの、それは、直球ど真ん中である「教師の人材育成」だと僕は思うのです。   

> 言ってしまえば、教育の危機を救うのは、やはり教育の力。   

>つまり、鍵を握るのは、「教育行政として、教師に対して、どれだけ成長の機会を届けられるか」だと考えます。   

>ナンセンスでアンフェアな理由   

> しかし、その前提として行わなくてはいけないことがあります。   

>それは、学力テスト(アカウンタビリティシステム)の二つの改革です。   

> 学校において子どもたちの多様な価値観が尊重されるようになるためには、学校自体の価値観が多様化されなくてはいけません。   

>しかし現状は、学力のみ、それも、学力テストで測定可能な、極めて部分的かつ断片的な学力のみが、(教育行政、政治、メディア、保護者からのプレッシャーも受けながら)学校の価値観を支配していることは、これまで繰り返し述べてきた通りです。   

> さらに言えば、支配しているのは、生徒一人ひとりの学力の「状況」や「伸び」ですらなく、自治体や学校の平均点の「順位」と、「全国(県・市町村)平均よりも上か下か」という、極めて矮小化された価値観です。   

> ご存じの通り、全国学力・学習状況調査(以下「全国学力調査」)をはじめとする多くの学力テストは、毎年、「同じ学年」の、すなわち「全く違う子どもたち」の状況を測定しています(例えば小学校6年生が調査の対象なら、今年調査を受けた子どもたちは、来年は中学校1年生になり、来年の調査対象は、現在の小学校5年生の子たちになります)。   

> そもそもの調査対象の子どもたちが違っているのに、「去年より学力が上がった(下がった)」(さらには「順位が上がった(下がった)」)と議論するのは、明らかにナンセンスです。   

> また、これも言うまでもないことですが、子どもたちは学校の中だけで学んでいるわけではありません。    

>「ほとんどの生徒が塾に行っている学校」と、「学区に塾なんてまるでない学校」の得点が同じ尺度で比較され、かたや「優れた学校」、かたや「劣った学校」と、社会的なレッテルを貼られるのは、どう考えてもアンフェアというものでしょう。

 

そうですね。序列思考のたたりですね。   

 

> また、文部科学省自身も、全国学力調査で把握できるのは学力の一部分でしかないことを認めていますし、そもそも、全国学力調査の目的は、スコアによって自治体や学校を序列化することではなく、教育施策を改善することと、学校における指導の充実や学習状況の改善に役立てることにあるとしています1。   

> そのような効果があることは認めますが、しかし、現場の実態から言えば、あまりに「副作用」が強すぎます。   

>文部科学省が何と言おうと、結局メディアは都道府県や市町村のランキングを独自に集計して大々的に掲載し、保護者や地域住民はそこばかり注目して、平均点に満たない学校は「劣った学校」との烙印を押され、順位が下がった自治体は議会や住民からの叱責の対象となるのです。

 

そうですね。序列思考のたたりですね。  

 

>では、どんな打ち手があるか   

> 本書の中で「盾の欠如」として述べた通り、この状況のままでは、学校を特色化することも、学校の価値観を多様化することもできません。   

>また、教師が「リサーチマインド」を発揮し、データやエビデンスに基づく実践を改善しようにも、肝心のデータ自体がありません。   

> そこで、まずすべきことは、学力テストについて、以下の二つの転換、すなわち「結果からプロセス」「部分から全体」への転換を行うことにより、「副作用」を低減させるとともに、必要なデータを整備することです。   

> なお、この内容は、カリフォルニア州のいくつかの学校区が「No Child Left Behind Act(NCLB)」への対抗策として開始し、現在も実施している「CORE Districts2」という取組に着想を得ています。   

>①結果→プロセス: まず、単なる結果ではなく、そこに至ったプロセスを評価するため、自治体や学校における生徒全体の「平均点」ではなく、一人ひとりの生徒の「学力の伸び」を把握する必要があります。   

> そのためには、特定の1学年のみを測定するのではなく、ある程度の期間の幅をもって(例えば小学校4年生~中学校3年生など)継続的に測定を行わなくてはなりません(パネル調査化)。   

>また、項目応答理論(Item Response Theory(IRT))を活用するなどし、経年での比較が可能な設計とする必要もあります。   

> しかし、これでもまだ不十分です。   

>なぜなら、上記の通り、学力の伸びも、学校での学習活動以外の様々な要因の影響を受けるからです。   

> このため、生徒や家庭の状況(例えば、どれぐらいの生徒が塾や習い事に通っているのか、困難を抱える生徒(障害、発達障害、学習障害、外国籍など)がどれぐらいいるのか、週末の生徒の過ごし方、家庭にある本の冊数など)を踏まえ、同じような特徴を抱える学校の間で、学力の伸びは比較される必要があります。   

> 併せて、正解となった数(点数)以上に大切なことは、不正解となったプロセス、すなわち一人ひとりの生徒のつまずきを把握し、それに基づいて、その生徒に必要な支援を行うことです。   

>これは、全国学力調査の目的である一方で、同調査を含むほとんどの学力テストからは、この点について有益な示唆はあまり得ることができません。   

> なぜなら、これらの調査結果は、教師たちに「多くの生徒がどの問題につまずいているのか」は教えてくれるかもしれませんが、「目の前のこの生徒が、何につまずいているのか」「この生徒がつまずきを乗り越えられるようにするためには、どのような支援を行えばよいのか」については、多くのことは教えてくれないからです。   

> この点、慶應義塾大学の今井むつみ教授らによる「たつじんテスト」では、認知科学の知見に基づき、教科学習の基盤となると考えられる「言葉、語彙」「数、形、量」「思考力、推論力」等について、一人ひとりの子どもたちがつまずいているポイントを明らかにすることが可能です3。   

>こうした仕組みも活用しながら、学校の努力と生徒の努力の双方について、光の当たる場所を、結果からプロセスへと移行させていくことが必要だと考えます。   

>学力のみならず、もっと包括的な調査を   

>②部分→全体: これまで繰り返し書いてきた通り、生徒には、(テストで測れる狭い意味の)学力以外にも、様々な能力や個性があり、学校を「自由な場」にするためには、それらが等しく尊重される必要があります。   

 

そうですね。   

トットちゃん (黒柳徹子氏) のように自分の好きなことだけをやっていれば、仕事に神経は集中して能率は上がるし、それ相当の成果が期待できますね。   

我が国の序列競争にかまけて自己の欠点の修復のみに時間をかけている人は、切って揃えられたような性能の人間になって規格に合格した設備の一部となっていずれは廃棄処分に付せられでしょうね。自己実現は不可能ですね。 

 

>しかし、学力テストのスコアだけでは、学校が、このような生徒の多様な能力や個性をどれほど伸ばすことができたのか、あるいは、伸びるための環境を整えることができたのかは、まったくわかりません。

> 前述のCORE Districtsでは、こうした生徒の全人格的な成長と、それに対する学校の支援の双方を測定するため、ホリスティック・アプローチ(Holistic Approach:包括的アプローチ)を採用し、学力の伸び以外にも、様々な指標を設けています。   

> 例えば、「School Culture/Climate」(学校文化・風土)というカテゴリーでは、「先生が学習をサポートする、あるいは、生徒同士がお互いに学習をサポートし合う、学校の文化があるかどうか」「学校のルールが公平なものになっているかどうか」「学校は、心理的に安全な場所であるかどうか」「先生や生徒とのつながりがあり、学校は自分にとっての『居場所』だと感じられるかどうか」などの項目について調査が行われています。   

> 驚くべきは、生徒のみならず、教職員や保護者も調査の対象、すなわち調査の回答者に含まれているということ。   

>調査の内容(質問項目)のみならず、分析するための視点についても、可能な限り包括的なものとなるよう、試みられているのです。   

> 併せて、学力という認知能力に対して、非認知能力である「Social Emotional Skills」(社会情動スキル)というカテゴリーもあります。   

>ここには、生徒の自己効力感(Self-efficacy)や、「自分はもっともっと成長できる!」という信念(Growth mindset)、状況に応じて自身の感情、思考、行動を効果的に調整する能力(Self-management)、他者の視点を理解し、共感する能力(Social awareness)などが含まれています。   

> もちろん、これらの指標は、生徒の自己評価に基づくものであり、実際の成長や学校の努力以外にも、様々なバイアスなどによって影響を受けます。   

>よって、スコアを鵜呑みにできるものではなく、分析や活用に当たっては注意が必要です(特に、ランキング化などは行うべきではありません)。   

> しかし、そう言ってしまってこれらを調査の対象から外している限り、この分野の学術的発展も、教育実践の向上も見込むことができません。   

>むしろ、そのような発展途上の分野だからこそ、アカデミックと学校現場双方の知見を結集して、研究・実践の精度を磨いていく必要があるのではないでしょうか。   

 

そうですね。  

 

(略)

 

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閲覧数60 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2023/12/31 02:35
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