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2017年08月03日(木) 
今日も英語で、喜撰法師の話をしたら、宇治田原住人のほたるさんが、「上喜撰」のことをいろいろと教えてくれました。「上喜撰」は、宇治の高級茶のことで、当時は、宇治茶と言わずに「上喜撰」といっていたそうです。江戸の人々の間では、よく知られた話です。(いつの間にか そういわなくなりましたが・・。)
宇治では、今でも「上喜撰」や「喜撰山」と命名されたお茶が売られています。

また、幕末の江戸では、「狂歌」がひとつの社会現象化していて ペリーの黒船もその題材になりました。
それが、「太平の眠りを覚ます上喜撰 たった四はいで夜も眠れず」です。

気がつかれましたか? 「蒸気船」と「上喜撰」を掛けているのです。 確かにカフェインいりのお茶を四杯も飲めば眠れません。幕府のあわてぶりを ユーモアたっぷりに 皮肉っていますね。
この狂歌は、知っていましたが、まさか お茶の銘柄の「上喜撰」と掛けていたとは 知りませんでした。

宇治の人々は、特産品のお茶に命名するほど 喜撰法師さんを 温かく迎え入れていたのですね! 宇治のことを“辰巳の方角いいところ”と褒めてくれたからでしょうか。

彼の名は、今でも宇治のあちこちで使われています。喜撰山ダム、喜撰橋、喜撰茶屋、喜撰ソフト・・。
ほたるさんの出身校の宇治中学校の校歌にも喜撰山がでてくるそうです。
喜撰法師さんは、宇治のシンボリックな存在になっていたようです。

閲覧数2,175 カテゴリ日記 コメント5 投稿日時2017/08/03 21:42
公開範囲外部公開
コメント(5)
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  • 2017/08/03 22:39
    イアンさん
    スカーレットさん

    難聴の所為もあって、聞き漏らしたことも多かったのですが、今日のサークルは内容も濃かったのですね。補足資料を加えて上手く纏めて頂いたお陰で、スッキリ頭に入りました。ありがとう。
    次項有
  • 2017/08/03 23:57
    喜撰法師のことを 宇治の人々がどう受け止めているかよくわかり、うれしかったです。SESSのメンバーは さりげなく深掘ヒントをくれるので 俄然調べ意欲が 沸きます。腰痛でも出席してよかったです。 元気になりました。
    次項有
  • 2017/08/04 00:17
    ほたるさん
    スカーレットさん
    今日も色々なお話が盛り上がって、楽しかったです。
    早速、上喜撰のことを掘り下げて下さいまして、ありがとうございました。おかげでさらに関心が深まりました。
    次項有
  • 2017/08/05 08:21
    ホタルさん いいお話を本当にありがとう!おかげで新しい知識がまたひとつ増えました。また、いろんなお話を聞かせてくださいね!
    次項有
  • 2017/08/06 16:38
    ほたるさん

    上喜撰を江戸で販売したのは誰?

    江戸に宇治製法のお茶を広めたのは、永谷宗円で、そのお茶を気に入り販売したのは、山本嘉兵衛(山本山・・海苔も販売)です。でも彼は、宗円のお茶を「天下一」と名付けて販売したようです。何度調べても 「上喜撰」と命名した記録は、見つけることができませんでした。上喜撰の販売元は、ほかの茶問屋だったのでしょうか。

    江戸末期には、宇治製法のお茶の類似品が たくさんでていたようですから・・。上喜撰のお茶は、この狂歌が有名になったせいか すぐに 「正喜撰」と改名されています。幕府に気を遣ったのかもしれません。上喜撰の販売ルートは、今後も調べてみます。

     ほたるさん このあたりの事情をご存知ですか?
     ご存知でしたら 教えてください。
    次項有
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