素晴らしいお話ありがとうございます。
ハンデがおありな分、いろいろな驚きに包まれてこられたのがよくわかります。それでも、前向きにとらえ懸命に生きてこられた姿は、私たちはよく見聞きさせていただき、本当に頭が下がる思いです。
さっき『3丁目の夕日64』を見て帰ってきました。内容はこれから行く人のため伏せますが、父母の無条件の愛を思い出し、改めて涙が止まりませんでした。この年私は中学生、丹波橋の養護学校に通っていました。近くの国道に東京オリンピックの聖火が通ると旗を持って見送ったことをおぼえています。そして、家にソニーのテープレコーダーカセットを買ってもらったのもこの年でした。自分の声をカセットで聴いて吃驚しました。よくテープの声と自分の声が違うと聞きますが恐らく脳性の言語障害の他の人も同じだと思うのですが、自分自身は全く正常に発声しているからです。それが思春期までコンプレックスとしてつづきました。「たかしちゃんの発音はんぶんしか・・・・」いとこが母に話したことを聴いた時が一番ショックだったと思います。それから、ボランティア活動をさせてもらう数年間・・・・・ここは少し・・・まだ世間もわからなかった未熟な私ははたしてこんな事を正直思ったことが・・・自分との戦いのようだったように思います。そして、約10年のボランティアのお手伝いに続くのです。 今父母も私以上に考えて悩んでくれた事を理解できます。そして、どんな重度の障害者でも必ず「幸せ」になれると言いたいのです。 |